第64話 『彼』との邂逅


 ――典ちゃんに、ハメられた!!


(仲は最悪だったんじゃないのかよ!?なんで、何のためにわざわざ俺達を呼んでハメたんだ!?まさか、俺を始末する為!?)


「――っ!」


 咄嗟に身構えるが、遅かった。

 おもむろに身体を掴まれて廊下の奥へと投げ飛ばされる。


「うぐっ――!」

「哲也君!」


 叫び声を上げる咲月を見下ろす、鋭い眼。


「……黒髪か……」


 とすっ……


 偏道が首の後ろを軽く叩いたかと思うと、咲月の頭がぐらりと揺らぐ。偏道は咲月が倒れる一歩手前で抱きかかえると、近くの床に寝そべらせた。


「あとで洗わないとな……」


 ぼそりと呟いた偏道はそのまま俺に向かって歩いて来る。


「う……」


 投げ飛ばされた際に勢いよく匣にぶつかったせいで咄嗟に起き上がれない。

 偏道は俺の襟首を掴んで宙に持ち上げると、短く聞いた。


「なぜここに?」


(それは……お前の弟に、ハメられて……)


 そう言いたいのに、締め上げられているせいで声が出ない。

 偏道はそのことに気が付くとぱっと手を放して解放した。

 俺はぐしゃりと鈍い音を立てて落下する。


「はぁ……がはっ……げほっ……」

「…………っ!」


 息も絶え絶えに呼吸を整えていると、偏道は何を思ったか入って来た方向へ踵を返す。そして、咲夜の入っている匣の近くにあった棚から掃除道具を取り出した。


(……?何を……?)


 掃除道具を手に偏道がこちらへ足を向けると――

 瞬間。

 偏道の背後から鋭い閃光と共に重たい音が響いた。


 バチバチバチバチィッ……!!


「へ……?」


 助かったのか? そう思いながら顔を上げると、偏道の脇にはスタンガンを手にした典ちゃんが立っていた。どさり、とその場に倒れこむ偏道。


「典、ちゃん……?」


 やっとの思いで声を上げると、涼しくて優しい声音が返ってくる。


「ふふ。その顔、僕が寝返ったかと思った?」

「そりゃあ……」


 そうだろ……


 きょとんと呆ける俺に、目を細めてにっこりと笑いかける。


「ありがとう、哲也君?キミが囮になってくれたおかげで、兄さんを仕留めることができたよ」

「…………」


(いけしゃあしゃあと、まぁ……)


「あはは。なにその顔?敵を騙すには味方からって、言うじゃない?」

「…………」

「ほら見てよ。気絶した兄さんの、このマヌケ面をさ?」


 言われるままに視線を移すと、ぐったりと意識を失った偏道の顔は蒼白で、僅かに開いた唇からかろうじて息をしている。だが、あのスタンガンのレベルは間違っていたらヤバいことになっていたかもしれないやつだ。


「お前っ、まさか殺――」

「いや?さすがにそれは。運が良ければ三日後くらいに目が覚めるんじゃない?兄さんしぶといし。その間に匣にでも入れとくよ。幸いウチは、捕まえる道具には事欠かない」

「…………」

「さぁ、お待ちかね。咲夜ちゃんを解放しようか?」


 典ちゃんはおもむろに偏道の服のポケットを漁ると、重厚で華美な細工の鍵を取り出す。


「うーわ。鍵にまでこのこだわりよう。さすがはマスターキーってやつ?……キモ……」


 典ちゃんは半笑いでその鍵を咲夜の匣の扉に差し込んだ。

 カチャリ、と短い音がして扉が開く。

 勢いよく出てきた咲夜を典ちゃんは受け止めた。


「あ、ありがとう典ちゃん!」

「ふふ。またその顔が見れてよかったよ。ほら、枷を外すから足を出して?」

「うん……!」


 そっと差し出された足を跪いて丁寧に持ち上げる典ちゃん。マスターキーの束についていた小さな金の鍵で、その足枷を外す。


 カシャン……


 枷が外れるや否や、咲夜は俺に向かって駆け出す。


「哲也君!大丈夫!?」


 バチバチッ……!


「――っ!?」


(え……?)


 鳴り響いた鈍い音に、視線を向けると――


「ふふ。敵を騙すには味方から……僕は言ったよね?いつだって『咲夜ちゃんの味方』だって。一言も、『哲也君の味方』になったとは言ってない」


 そこには、気を失ってぐったりとする咲夜を抱えた典ちゃんが立っていた――

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