第63話 監禁犯のコレクションケース


 俺達は主のいない佐々木邸に足を踏み入れ、収容施設コレクションケースの下見に行く。スペアキーを使って地下への扉を開き、階段を下っていくと、薄暗くてひんやりとした場所に出た。


「電気付けるよ。みんな目ぇ瞑ってー」


 典ちゃんは部屋に向かって呼びかけると、照明を点灯させる。


「「えっ……」」


 俺と咲月は、言葉を失った。何を隠そう、そこはまさしく収容施設コレクションケースそのものだったのだから。


 真っ白い部屋、真っ白い壁。部屋の中心に一本の廊下があり、その両脇をガラス張りの個室、通称はこが埋め尽くす。


 ざっと見て、五人くらいの女の子達がそこに『展示』されていた。各々のはこには内部に仕切りと扉のようなものがあり、奥はシャワー室やお手洗いに繋がっているらしい。『兄さん』は潔癖気味というだけあって、衛生面は完璧だった。


 青みがかった灰色や、夕焼けのようなピンクに近いベージュ、目を見張るような黄金。綺麗な髪の色をした女の子達が、その髪色によく似た下着やワンピース、ベビードール姿で『展示』されている。

 ふわふわのクッションに埋まっている子もいれば、何もない部屋でぼんやりしている子、はこの中央を貫通して生えている棒でポールダンスのような運動している子……

 まるで、フィギュアのコレクションケースだ。


「そんな……ひどい……!」


 絶句する俺達をよそに、奥の部屋へ行った典ちゃんは慣れた手つきで食事を用意して、小さな窓を開ける。そして、優しい声音で話しかけた。


「お腹空いたでしょ?はい、お昼。電気つけたけど大丈夫だった?目、やられてない?」


 その質問に、こくこくと頷く灰色の髪の女の子。


「いくら日焼けはよくないからって、部屋の電気をずっと消しておくなんて酷いよね?はい、お昼。僕がいる間はつけておくから、光を浴びておくといいよ。光は人体に必要なものだ」

「う、眩しい……」

「目を瞑って、瞼の裏から光に慣れてきたら、ゆっくり、少しずつ開けてごらん?」

「ん……」

「はい。よくできました」


 典ちゃんは、にっこりとした表情で黄金色の髪をした子を褒めた。そして、次の匣に向かう。


「窓には触ってない?こないだはそこから逃げちゃった子がいたみたいで。あんまり触ると兄さんに怒られるよ?はい、キミの分」

「ねぇ~、触ってよ~?」


 ピンクベージュの髪の子は、窓から手を出して甘えた声を出す。


「ふふ、いくら似てても僕は兄さんじゃないよ?キミが好きなのは兄さんでしょ?それに、窓からじゃこれしか触れない」


 そう言って、典ちゃんは女の子の指をつまんで握手するようにちょいちょいと動かした。


「うふ……あったかい……」

「まぁ、人との触れあいとか、温もりも、人体には必要か……」


 典ちゃんは目を細めて、嬉しそうにする女の子を見守る。

 その様子は、まるでペットショップのお兄さん。我ながら可笑しい例えだとは思うが、その表情は慈愛に満ちていた。


「さすが看護師……と言っていいのか、これは?」

「う……私、気分悪い……」


 部屋中に漂う消毒液の香り、それを紛らすようなアロマミストの香りに酔ったのか、それともこの光景に。

 よろめく咲月を支えていると、典ちゃんは手招きをする。


「一番奥のはこに咲夜ちゃんがいる。連れてこられたばかりで精神的に安定しない子は奥に隔離されてるんだ。ほかの子のストレスになるからね」


「「…………」」


 俺達は、緊張した面持ちで後に続く。

 部屋に入った瞬間、びたんっ!と中から手が伸びてきた。


『哲也君!咲月!』

「咲夜!」

「お姉ちゃん!」


 咲夜は真っ白な羽毛があしらわれた、華奢なデザインの見慣れないワンピース姿だった。薄手の生地は艶がありつつも透ける素材。だが、幾重にも重なっているのか下着はギリギリ透けてない。その絶妙な感じがどうにも官能的なように思える。

 どうやら、咲夜の銀髪にはこれが『お似合い』らしい。正直なところ、不謹慎にも可愛いと思ってしまった。


 そのワンピースから伸びる手足に目立った外傷は無く、『何もされていない』というのは本当のようだ。


「よかった!無事で!」

「今助けてやるからな!」

「待って。まだ兄さんが帰ってきてない。マスターキーが無いと……」


 その様子を驚いたような表情で見つめる咲夜。


『……典ちゃんが、呼んできてくれたの?』

「そうだよ?僕はいつだって咲夜ちゃんの味方でしょう?」


 目を細めてにっこりと笑うと、咲夜はぽつりと口を開く。


『ごめんなさい、典ちゃん。あなたのこと、グルかと疑ってた……』

「ふふ。こないだは魔が差しちゃったし、無理もないね。けど、僕は咲夜ちゃんの幸せが一番だから。これはこないだの罪滅ぼしだと思って?」

『うん。ありがとう……』

「さ、兄さんが来たらマスターキーでここを開けるから。もう少しの辛抱だよ?」


 典ちゃんが咲夜の分の昼食を渡そうと窓を開けた瞬間。ポケットのブザーが鳴り響いた。


 ビビーッ!ビビーッ!


「「――っ!?」」


「兄さんが、帰ってきた……!」


 急いで窓を閉め、駆け出す典ちゃん。


「僕は兄さんが風呂に入るのを確認する!咲月ちゃん達は咲夜ちゃんの傍に。マスターキーを手に入れたら帰ってくるよ。見つかって揉めそうになったら着信を入れるから、スマホが鳴ったら助けに来てね、哲也君?」


「「わかった!」」


『……ふたりとも、無茶しないでね?』


 心配そうな咲夜の声。典ちゃんの背を見送り、俺達はスタンガンを構える。

 しばらくすると、階段を下る足音が聞こえてきた。


「典ちゃん、うまくいったのかしら?」

「それにしては、早くないか?」



 カツ、カツ、カツ……



 固唾を飲んで接近を待っていると、不意に俺達の背後にあった扉が開く。


「「――っ!?」」


(地下への入り口はひとつじゃなかったのか……!?)


 そして、振り返ると、そこには知らない男が立っていた。


 黒いスーツに身を包み、胸元にきらきらとしたバッチをいくつも付けている。廊下の奥の匣から、女の子の声がした。


「きゃ~!偏道かたみち様ぁ!こっち来て~!」


(えっ……偏道……?)


 見上げる高身長。整った鼻筋に涼しげな眼差し。上品にカットされた黒髪。典ちゃんに似てはいるが、雰囲気が全体的にキリっとしていて、きゃあきゃあ言われるのも無理ないくらいのイケメンが立っている。


(なんで、ここに……)


 そして、偏道と呼ばれたイケメンはゆっくりと口を開いた。


典道のりみちの言う侵入者は……お前たちか?」


「「――っ!?」」


 俺達は瞬時に理解する。



 ――典ちゃんに、ハメられた!!!!

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