第62話 『復讐』のターン
典ちゃん曰く、『兄さん』は潔癖なところがあるらしく、『外は汚れている』などと言って、仕事から帰宅すると真っ先にシャワーを浴びるそうだ。
俺達はその隙にマスターキーを拝借し、地下収容施設に忍び込んで咲夜を奪還する。作戦はいたってシンプルなものだった。
幸い俺達の手元には、地下収容施設に入る鍵がある。それは典ちゃんが昨日、咲夜にご飯を与える役目を得るためにあらゆるものと引き換えに『兄さん』から手に入れた、血と涙の結晶であるスペア。
そして、俺達には『兄さん』が帰宅すると自動で通報してくれるオートの監視ドローンがついている。持つべきものは典ちゃんだ。
俺は、咲夜があんな怪しげな奴に好意を向けられながらも連絡を取っていた
「典ちゃん、お前なんでもできるんだな?」
凄まじいスピードで街道をトバす白いフェラーリの助手席から、声を掛ける。
「うーん、どうだろう?咲夜ちゃんの為に必要そうな技術はあらかた身につけてるから、なんでもといえばそうかもしれないけど。それでも、『兄さん』には勝てない……」
苦々しげに舌打ちをする様子から、兄弟が不仲であることは明白だ。それだけに、スペアをもぎ取ったこいつの執念は計り知れない。
「まぁ、頼りにしてるよ。正直そんな相手、俺達だけで行ってたら確実に返り討ちにあってた」
「あはは。そうだね?社会的に存在を抹消された後、東京湾にドボーン!だったと思うよ?」
「「…………」」
「典ちゃん……あなた、そんな人だったかしら?」
「ん?咲月ちゃんには、僕はどう映っていたのかな?」
にこにこと、目を細めて後部座席をミラー越しに見やる。咲月はおずおずと口を開いた。
「お姉ちゃんのことが好きな、面倒見のいい、お兄さん……」
「ふふ。大正解。そう思って貰えてたなんて嬉しいな?それ、どこも間違ってないよ?」
「でも、お兄さんの話になると憎らしげな顔をしているわ。そんな怖い顔する人だったなんて」
「……幻滅した?」
「……驚いた」
「咲月ちゃんは優しいね?」
「幻滅なんてしないわ。家庭の事情は人それぞれ。典ちゃんのお兄さんが良くないことをしていて、それがわかっていながら止められなかった典ちゃんの気持ち、私にはわかるもの」
「……わかるの?」
「ええ。父の浮気を止められなかった私にはなんとなくわかる気がするわ。少しだけかもしれないけど……」
「咲月……」
伏し目がちに呟く咲月の手を握りたい衝動に駆られるが、今は助手席にいるのでできないのがもどかしい。
それに、俺と咲月にはもうひとつ、胸に抱える想いがあった。それは――
――『復讐』だ。
典ちゃんの話から察するに『兄さん』がミーナちゃんを監禁していた『彼』で間違いないだろう。監禁犯で警察官。尚且つ常識破りの金持ち。そこまで条件が合致する人物はそういない。
俺達は、咲夜を奪還するのはもちろん、『兄さん』の罪を白日の下に晒すつもりでフェラーリに乗っている。
必要なのは、現場の証拠。典ちゃんの言う通り、地下一階部分がガラス張りの
問題なのは提出先。このエリアの警察はすでに『兄さん』の手中におさまっており、『兄さん』無しではまともに動けないようになっているらしいので警察は頼りにできない。
しかし、その『兄さん』が長らく音信不通で、証拠写真が『兄さん』の自宅だったら?さすがに警察も動くだろう。俺達は、最寄りの交番ではなく、写真を本部に送ればいいだけの話だ。
(これなら、いける……)
俺達は決意を胸に、佐々木邸を再び訪れた。
◇
着いて早々、典ちゃんはドローンを遠隔操作で起動させる。邸内を一通りモニターすると、GOサインを出した。
「うん。『兄さん』はまだ帰ってきてないみたいだ。まだ昼間だし、当たり前だけど。監視の為に一時帰宅したりするからなぁ、あいつ……」
「監視?厳重にロックしてるのに監視をするの?」
「うん。
「逃げ出そうとしても、逃げられないんじゃないの?」
「前までは、鎖を千切ろうとして手を怪我した子がいると『勝手に傷を作るんじゃない!美しさが損なわれるだろう!』とか言って監視しに帰ってきてたんだけど。最近は逃げ出した子がいてさ。それも相まって割と帰って来ちゃう」
「「逃げ出した、子……」」
咲月と顔を見合わせる。
(ミーナちゃんだ……!)
「そ、それで!逃げた子を、『兄さん』は追ってるの!?」
食い気味でバレないか心配になる咲月の問いかけに、典ちゃんは淡々と告げた。
「いや?そーでもないみたい」
「へっ……?」
「金髪碧眼なら代わりはいくらでも手に入るらしいよ?ただ、逃げ出した子は瞳の色が特に綺麗だったから連れて来たらしいんだけど、夜は泣くし、何回言っても鎖で怪我するし、逃げちゃったならまぁいいか、って感じみたい」
「「…………」」
まるでモノみたいな言い草に、はらわたが煮えくり返りそうだ。
「お兄さんと仲悪いのに、詳しいのね?」
「うん?いや、仲は最悪だよ。けど、あいつ他に自慢できる相手いないからさ。この家には僕と兄さんと使用人しかいないからね。使用人はこのこと知らないし」
「あ、そう……」
平然と言ってのける典ちゃんは、どこか感覚が麻痺しているのかもしれない。
「使用人達には今日は外に出るように言っておいたから、中はもぬけの殻のはず。気配がしたら兄さんだから、それだけは気を付けて。ひょっとすると昼でも帰ってくるかもしれないから」
「昼帰っても、シャワーは浴びるの?」
「うん、浴びる。
「「りょーかい……」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます