第61話 シュハン、襲来。
俺と咲月は開いた口が塞がらない。
だって仕方ないだろ?
主犯格、まさかの襲来。
「ここに来るってことは……典ちゃんは犯人じゃないのか?」
「そのようね……とにかく、話を聞きましょう。哲也君がいるなら家にあげても問題ないでしょ?」
「ああ。このやつれた表情……戦意は無さそうだし、こんなしょぼくれた奴に負ける気はしない」
咲月は一階のドアを解除するとリビングを適当に片付ける。しばらくすると、自宅のインターホンが鳴った。
「俺が出る」
念のためスタンガンをポケットに忍ばせたまま扉を開くと、典ちゃんは元気のないミイラのような呻き声をあげた。
「ああ、哲也君……まさかキミを頼ることになるなんて……」
「それはこっちの台詞だよ。咲夜の誘拐、お前が犯人だと思ってた」
「うーん……それに関してはなんとも。とりあえず入れてもらっていい?」
「信用していいのか?」
「僕は咲夜ちゃんを助けたい。それだけだ……」
わずかな希望にすがるようなその表情に、嘘は無さそうだ。
「わかった。言っておくけど、咲月に変な真似しようとしたらその場で取り押さえるからな?」
「しないよそんなこと。僕には咲夜ちゃん以外に使う時間は無い」
「ああ、そう……」
(こいつ本当に大丈夫か?)
釈然としない気持ちのままリビングに通し、俺は咲月の隣に陣取って、そこから最も離れた場所に典ちゃんを座らせる。
そうして、元監禁犯とその被害者、現役監禁被疑者による謎の会議は始まった。
「それで?今日はどういう了見だ?咲夜のことなんだろう?」
鋭く睨むが、典ちゃんは俺を華麗にスルーして、咲月になけなしの笑顔を向ける。
「久しぶりだね、咲月ちゃん?」
「典ちゃん......あなた、どうして......」
「うん。落ち着いて聞いてもらえるかな?まず、咲夜ちゃんを誘拐したのは僕の兄さんだ」
「「――っ!?」」
「それで、咲夜ちゃんは佐々木邸の地下収容施設に監禁されている」
「「――っ!?」」
(兄さん!?地下収容施設!?)
すまん。どこからツッコめばいいのかわからない......が、典ちゃんは顔も声音も真剣そのもの。まずは話を――
「は!?どういうことなの!?お姉ちゃんは無事なんでしょうね!?」
(ああ、我慢しきれなかったか……)
椅子から勢いよく立ち上がる咲月。こめかみがぴくぴくしているのが見なくてもわかる。その剣幕に典ちゃんもたじたじなようだ。
「お、落ち着いてよ咲月ちゃん。順を追って話すから……」
「典ちゃん、あなたのことは信じてたのに!いいお兄さんだと思ってたのに……!」
「だから、僕は犯人じゃない!悪いのは兄さん!さっきそう言ったでしょう!僕は咲夜ちゃんを助けたくてここに来たんだから!」
「どうして自宅にいるのがわかってて解放できないのよ!」
「それを説明するって言ってるんだよ!?」
この非常事態に冷静さが保てないのか、先日会ったときとは打って変わって余裕のない典ちゃん。
こうしてなよついているところを見ると、本当にただの良いお兄さんに見えなくもない。見た目が若いせいか、俺達より十は年上と聞いているが、まるで同世代だ。
(こないだのは本当に魔が差しただけ……?)
「それで、咲夜はどうすれば助けられるんだ?」
「ええと、ウチは地下一階がまるっと収容施設になっているんだけど。そこのキーロックを解除して、兄さんに見つかる前に鎖を断ち切れれば行けると思う」
「キーロック?」
「うん。色々聞きたくなるとは思うけど、まずは聞いてね?地下収容施設はガラス張りの小部屋が並べられた、所謂コレクションケースのような場所なんだ。そこには、兄さんが世界中から集めた珍しい髪色の女の子達が収容されている」
「「うぐ……」」
舌を噛みそうになるほどに、ツッコミたい。
「兄さんは髪フェチでね。誘拐されてきた子は多くないけど、そこにいるのは大体買ってきた子とか、自ら入りたがった子とか。兄さん、ああ見えて結構モテるんだ。どこがいいんだろうね?あんな変態。『触らないのが美学』とか、もう意味不明」
「「うぐぐ……」」
ツッコミたい!そりゃもう、ドリルで天元突破するほどにほじくり返して洗いざらい吐かせたい!
(兄さんは髪フェチ!?『触らないのが美学』!?平然と話しやがって!そんな典ちゃんもどっこいな気がするのは俺だけか!?)
そこんとこなんとか言えよ被疑者!
「それで、各個室には各々異なるパスワードでロックがかかってる。食事とか衣類を受け渡す窓はあるけど、よっぽど小さい子じゃない限り、人が通るのは無理だ。だから、解放するには扉のロックを解除するしかない。そして、そのパスワードは兄さんしか知らない。けど、マスターキーがあればすべての部屋が開く」
「マスターキー……」
「そう。僕の目的はそれだ。兄さんをなんとかして封じるか、目を盗んでマスターキーを奪って、咲夜ちゃんを解放する。けど、地下収容施設に入る鍵は兄さんが持ち歩いているし、マスターキーもおそらくそう。だから、僕らは必ず兄さんと対峙することになる」
「それで……?」
「人手が必要だ。兄さんはああ見えて敏腕警察官で、今は若くして要職のポストについている。だから警察にはチクれない。そのうえ頭もいいし、運動もできる。運動っていうか、戦闘ができる。銃の扱いに、剣道、柔術。なんでもござれのスーパー警察官。だから、僕一人ではとても……」
「なる、ほど……?」
諸々ツッコミたい部分はあるが、言いたいことは伝わった。
「それで、そんなに憔悴してるってことは、兄さんに挑んで敗走してきたとか?」
典ちゃんのやつれ具合は見るからに異常で、どう考えてもそうとしか思えない。その様子から、『兄さん』がとんでもないバケモノであることは容易に想像できる。
そう思って尋ねたのだが、帰ってきた答えは予想の斜め上だった。
典ちゃんは、大真面目な顔で姿勢を正す。
「そういうわけじゃない」
(負けたと認めるのは大人の沽券にかかわるのか?)
「じゃあどうして?」
その問いに、典ちゃんは苦々しげに目を伏せた。
「昨日、僕は兄さんと揉めた。咲夜ちゃんを解放してあげてって言ったら、断られたんだ。僕にとって咲夜ちゃんは『特別な存在』。目の前に咲夜ちゃんがいるのに、助けてあげられない……触れられないなんて……兄さんは僕を生殺しにするつもりなんだ。実際、このままでは死んでしまう。咲夜ちゃんがにこりともしてくれないなんて……これなら遠くからずっと見ている方がマシだ。僕にとっては、咲夜ちゃんの幸せが一番だから……」
「「…………」」
いや、よくねーよ。ストーカー。
(はいはい、典ちゃん被疑者昇格。
俺達のジト目を無視し、ストーカーは語る。
「
(なんだこのストーカー、根は良い奴なのか?)
典ちゃんをはかる俺の天秤はさっきからぐらつきっぱなし。いい加減この宙ぶらりんを何とかしたい。そう思っていた矢先、典ちゃんは心底辛そうに言葉を紡ぐ。
「僕は!咲夜ちゃんをどうにかして生かしたい……!生きていて欲しい!また笑って欲しい!今は僕の『また哲也君に会えるまで諦めちゃダメだ』という言葉でなんとか心を保っているけど、この先どうなるかわからない。頼む……!力を貸してくれ!」
典ちゃんはそう言ってテーブルに頭をごつんとつけた。
その姿を見て、俺と咲月は頷く。
「わかった。咲夜を助けるためならなんだってする。それは俺達も同じだ」
「協力は惜しまない。けど、ひとつだけ聞かせて?お姉ちゃんは『無事』なのよね?『何もされてない』のよね?」
その問いに、典ちゃんは顔を上げてゆっくりと頷いた。
「何もされてない。それは命にかけても保証する。というか、兄さんは『何もするつもりがない』。だって、兄さんは『接触しないタイプ』の監禁犯だから」
「「――っ!?」」
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