第55話 立ち込める暗雲、発動する【檻】


 夜十一時。一日中ツイスターやらボードゲームやらで遊び倒した俺達は、三人で夕食を済ませて風呂に入り、各々就寝する。


 今日は、俺の部屋には誰もいない。というより、咲夜と咲月は(月に一回なぜかちぐはぐになることがあるが)基本的に交互に来るので、計算通りなら咲月が隣にいる筈だったのだが……


(咲月、遅いな……飲み会盛り上がってるのかな?)


 なんとなく寂しいような気持ちになって眠れないままでいた俺はリビングに足を向ける。

 すると、咲月の部屋からふらふらとよろめきながら咲夜が現れた。


「どうした?咲夜も眠れないのか?」


 声を掛けると、咲夜は俺の胸元に縋り付く。


「どうしよう……!色んな意味でどうしよう……!」

「わっ、ちょっと落ち着けって。何があったんだ?」


 ソファにふたりして腰かけると、咲夜は蒼白な顔でぽつりぽつりと零し始める。


「咲月が、帰ってこない……」

「それは俺も少し気になってた。九時には帰るって言った割には遅いよな?」

「そういう問題じゃないの!今日は咲月が哲也君の部屋で寝る日だから、帰ってこないわけがないの!絶対おかしい!」

「えっと、それはつまり……?」

「何かあったのかもしれない!そうに決まってる!そう思って典ちゃんに『咲月追尾システム』を作動してもらったんだけど……」


(ちょっと待て……)


「『咲月追尾システム』?」


「うん。咲月のGPS信号をこっそり傍受するシステム……」

「あー。そういう……」


 『ことしてんのね?』とは言わない。どうせ俺の監禁もその典ちゃんがグルだったんだろ?それならむしろ納得だ。

 だが、これだけは聞かせてくれ。


「非常時以外は使ってないんだろ?咲月が心配なだけ、なんだよな?」

「あ、当たり前だよ!双子の仲にも礼儀あり!これは親心!」

「……ならいい。それで?咲月の居場所は?」

「『教えて欲しかったらデータ取りにおいで』って……」


 咲夜の表情は浮かばない。


(ひょっとして……)


「えっと……典ちゃんて、男の人?」

「うん。ちょっと年上の……それで、『もう二十歳過ぎてたよね?美味しいワインをお土産に持たせるから、取りに来て』だって。なんかちょっと怖くて……」


(いやいや……)


 見損なったぜ、典ちゃん。昼間にグッジョブって言ったアレは無しな。


「それ、どー考えても怪しいだろ?今何時だと思ってんだ?終電無くなるって。てゆーか、典ちゃんてスペックはともかく、信用できる人間なのか?」


 とてもそうとは思えない。


「咲月が言ってた。『典ちゃんはお姉ちゃんの言うことならなんでも聞く』って。だから、情報は確か」

「おい……『なんでも』って、それ……」

「典ちゃん、わたしに気があるらしい……全然知らなかったけど」


 はい、アウトォ!完全罠だろブラックだろ。


 こんなん、データは手に入っても咲夜はおそらくタダじゃ済まない。しかもご丁寧に成人年齢把握済み。よだれを垂らして待ってるオオカミさん以外のナニモノでもない。


「行けるわけあるかっ!そんな見え見えの罠!」

「でも、それだと咲月が……!早くしないと電車も無くなっちゃう!」

「タクればいいだろ!?」

「でも咲月がぁ!」


 泣き出しそうな咲夜を前にして、俺にできることは……


「ついて行く。それしかないだろ」

「でも、『ひとりでおいで』って……」


 ああもう!犯罪臭しかしねぇ!


「そんな言葉、馬鹿正直に信じてどうすんだ!ほら、着替えたらすぐに出るぞ!」

「ミーナ、どうしよう……今は寝てるけど、起きて誰もいなかったら、きっと探しに出ちゃう」

「それは……」


 限られた時間。迫る危機。俺達にできる選択肢は――


「ごめん。ミーナちゃん……」

「ん……にーに……?」


 俺達は、小さな足に枷を嵌めた。


「痛くないか?それ、俺が使ってたやつ……緩衝材クッションが貼ってあるから当たっても痛くないと思うんだけど……」

「にーに?どこ行くの?」


 ジャラジャラ……


「すぐ戻ってくるから、大人しくしててな?」

「おウチの『外』に出たらダメだからね!」

「さくや?待って!やだ!行かないで!」


 ジャラジャラ……!


「暗いのこわいよ!ひとりはヤダよ!」

「ミーナ、ついてきちゃダメ!咲月の為なんだ。お願いだから、わかって?」


 そう言って、咲夜はミーナちゃんを抱きしめた。


「お願い!一生のお願いだから……!」

「さくや……」


 鎖の音は、もうしなかった。


「わかってくれるの?ありがとう……」

「帰って、くるよね?」

「うん。約束……」

「もうひとりにしない……?」

「ああ、約束だ」


 小さなお手々と指切りをして、俺達は『外』へと飛び出した。

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