第53話 新しい習慣
咲夜の要望に従ってキッチンでフレンチトーストを調理していると、廊下の奥から咲月とミーナちゃんがやってきた。
眠い目を擦りながら、のそのそとキッチンを覗き込む。
「ごめん、寝坊しちゃった……」
「んた……」
「いいよ。疲れてたんだろ?ミーナちゃんも呂律回ってないぞ?いいから座ってな」
「あ。わたしコーヒー淹れるよ。ミーナはココアがいいかな?」
「や!にーにと同じのがいい!」
「え~?大丈夫?じゃあ、ミルクとお砂糖たっぷりね」
「ん……」
こくこくと頷くと咲月の膝に乗ってうとうと舟をこぎ始める。
「お姉ちゃん、私ココアにして。ミーナちゃんが無理そうなら交換するから」
「あ。そう思ってわたしココアにしちゃった」
「じゃあカフェオレで」
今日も、
「さ、できたぞ!メープルシロップとはちみつどっちにする?」
できたてのフレンチトーストを並べると、にっこりといい返事が返ってくる。
「「はちみつ~!」」
「それ、昨日くまさんに会ったからだろ?」
「哲也君のホームズ再び!」
「ホームズさんに失礼だ。ほら、あったかいうちにどうぞ?」
「「「いただきます」」」
俺達はそろって甘い朝食を口に運ぶ。そのなにげない光景が嬉しくて、大好きで、不意にミーナちゃんに目が行く。
(ママとも、こんな感じだったのかな……?)
欲張って頬張ったせいかほっぺについたはちみつを咲月に拭われるミーナちゃん。『こらー』と言われても、構ってもらえた喜びの方が大きいのか、反省の色無くにぱっと微笑んでいる。
「早く、見つけてあげないとな……」
「そうだね……」
思わず口から零れた言葉を、咲夜が拾いあげた。そして、空になった皿を手に立ち上がる。
「さぁ!お腹いっぱいになったらお散歩に行こう!」
「それはいいけど、ミーナちゃんの金髪碧眼は外じゃ目立つわよ?どうするの?」
「ふふふ……わたしには秘密兵器があるのさ……!」
そういって『ジャカジャカ』という口頭BGMと共に取り出されたのは、色鮮やかな赤と黄色の雨がっぱ。フード部分にはちょこんと耳のようなものが付いている。
「ミーナには、くまさんになってもらいます!」
「わぁ~!」
「ふっふっふ……昨日見つけて即購入したわたしは天才……!」
確かに、これなら頭もすっぽり隠せるし、雨の日なら出歩いても違和感が無いだろう。むしろ可愛い。早く見たい。自然と右手がスマホを弄り、天気予報をチェックする。
そうして俺達の生活には、とある習慣が加わった。
『雨の日は、散歩の日』
一見すると矛盾だらけな習慣だが、だからこそどうしてこんな雨の日に?という視線が向けられるだろう。『彼』に気づかれるようなそこまで目立つ行動ではないが、子どもを探す母親からすれば無視はできないはず。
俺達は次の雨の日までに散歩ルートの目星をつけることにする。
「電車の沿線で歩けるルート……ママが行きそうなショッピングモール、もしくは公園か……」
「葛西臨海公園を中心に、住宅街に近い公園をピックアップ……結構多いわね……何日かかるのかしら?」
「しかも雨の日だからなぁ……ママが未だに探してるとしても、流石に雨の日は……」
「「はぁ……」」」
その道のりは、前途多難だった。思わず揃ってため息をこぼしていると、咲夜のタブレットを覗いていたミーナちゃんが声を上げる。
「イルカさん……」
「ん?このマークのこと?これは水族館だよ。お魚がいっぱいいるところ」
「お魚いっぱい……」
「ひょっとして、ママと行ったことあるの?」
その問いに、ごくりと喉が鳴る。
「んー、ちょっとだけ。ミーナお魚こわいから。でも、近くでお散歩はするよ?外から見てるだけなの。ミーナはお魚よりくまさんが好きだもん」
「――!」
「ちょ、お散歩って……!」
「完全に生活圏内じゃねーか!」
希望の光が見えてきた。候補はもう、一か所しかない。
「さ、そうと決まれば善は急げだ!」
「咲夜?何するつもり――」
颯爽と立ち上がったその手には、ティッシュが握られている。不思議に思って見上げると、不敵な笑みが返ってきた。
「決まってるでしょ?『逆さてるてる坊主』を作るんだよ!雨が降るようにね!」
決行は、次の雨の日。
俺達はかつてない勢いでガチめのてるてる坊主作りに勤しんだ。
けど、俺達はこの時まだ知らなかった。
そのてるてる坊主がこのあととんでもない暗雲を連れてくるってことを――
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