第52話 ウェルカムトゥ・脳内スターライトパレード
俺達はその後もいくつかのアトラクションに乗り、くまさんの形をしたワッフルを食べるなど、辺りが薄暗くなるまでひととおり遊園地を満喫した。
そして、かなり早めの時間から夜のパレードに向けてレジャーシートの上で待機する。
こんなに楽しんだ上にミーナちゃんの手がかりも得られて大満足。そこまでは順調だった。そう。一つの敗因を除いて。
「お土産、やっぱ後でよかったんじゃないか?」
咲夜と咲月の間にぎゅうぎゅうと挟まり、脚の間にミーナちゃんを抱えながら、レジャーシートの半分近くを占領しているお土産袋に視線を落とす。
「だって、どれもこれも捨てきれなくて……」
「また来ればいいだろ?」
「そのときに同じものがあるとは限らない!」
「そうよ!お土産は一期一会なんだから!」
「わ、わかったよ……」
こういうところも女の子らしい……ってことなのか?まぁ、ふたりが嬉しそうだからそれでいいか。
俺はさっき買ったチョコクランチをつまみ、ミーナちゃんのお口にポイする。
しゃくしゃく音を立てながらそれを頬張るミーナちゃんのなんと可愛いことか。
しかし、両サイドで思い思いのお土産をうきうきと取り出す双子も負けず劣らず可愛かった。
「ねぇ、哲也君!これ可愛くない?」
「ん?くまさんの肉球型しゃもじ……か?」
めずらしくテンションの高い咲月。
しゃもじなんかより咲月の方が数百倍かわいい。
「可愛い~!咲月センスいい~!」
(ちょ、ぐいぐい寄るなって……胸圧がヤバいだろ……)
「でしょ?お姉ちゃんこれも見てよ!限定缶入りの紅茶とクッキー!」
「美味しそう~!早速明日淹れよう!」
「ふふ。明日も楽しみね。――ね?哲也君?」
「ああ……」
(強烈な胸攻撃でそれどころじゃない……『ふか』みが尊すぎてヤバい……!)
両側から挟まれる感じの何がヤバいって、全身があったかいのがヤバい。こう、どう身じろぎしても柔らかいし、ふかふか以外に逃げ場がない感じがヤバい。
そうこうしているうちに軽快な音楽が鳴りだし、ミーナちゃんが声を上げた。
パレードの、はじまりだ。
「あ!きたぁ!でーっかいくまさんだぁ!」
「ミーナちゃん、あれはねずみさん。この国の主役だぞ?それにしてもすごい電飾だな!昼間みたいにピッカピカだ!」
「綺麗……!」
「この曲うきうきするね~!」
色とりどりの光のマジックショー。先頭のねずみさんから
彼らは一様に大きくて煌びやかな乗り物から身を乗り出して俺達観衆に手を振った。
ミーナちゃんも負けずに手を振り返す。
「くまさーん!くまさん!こっち向いてぇ!」
「ミーナ。あれはリスさんだってば。なんでもくまさんにするんじゃない」
「ふふ。ミーナちゃんにとっては、『可愛いもの
「早くから場所取ってよかったな!こんな凄いのが座って見られるなんて!」
「哲也君、こういうの結構好き?男の子ってあんまり興味ないのかと思ってたわ」
「何言ってんだよ!お前らと遊びに来て楽しくないわけないだろう?」
「ちょ、それは……!」
「殺し文句だよ……哲也君……!」
へにゃへにゃと両側から縋り付く双子。そんなふたりを見て、『くまさん見ないの~?』と首を傾げるミーナちゃん。
俺達は三者三様、パレードを心の底から楽しんだ。
最後のあひるさんの姿が見えなくなる頃、軽快な音楽も自然な流れでフェードアウトしていく。
そして、パレードの余韻に浸っていた俺達の耳には、花火のお知らせが。
『ウェルカムトゥ、スターライトファンタジア。上空をご覧ください。今宵、最高の魔法をお見せいたしましょう――』
――ドンッ……!パァアア……!
「おお――」
「「わっ――」」
「わぁああああ!!」
俺達の歓声は、小さな小さなお口から零れた歓声に掻き消された。顔を見合わせ、くすりと笑う。
「楽しかった、みたいだな?」
「そうね」
「こんな顔が見れるなら、また、どんなことでもするよ――」
◇
翌日。朝起きると、俺の上に美少女は乗っていなかった。美幼女も。
(あれ……疲れて帰ってきて、そのまま寝たっけ?シャワーだけは浴びたような……)
ふと腕に温もりを感じて視線を向けると、そこには俺の腕を大事そうに抱えて眠る咲夜の姿があった。
「ちょ……俺の腕は抱き枕じゃないぞ。起きろ、咲夜」
「ん……」
(咲夜が俺より起きるのが遅いなんて、珍しいな……)
普段は『挨拶』という名のキスで起こされていることを思い出し、改めて考えると相当甘ったるい生活を送っていることに赤面する。
(気持ちよさそうに寝てる……腕を掴まれたままだと俺も起きれないし、どうするかな……)
ここで、俺の頭にはふたつの選択肢が浮かんだ。
1. 昨日はよほど疲れたんだろう。このまま寝かせて、俺も二度寝するかな。
2. 今日は、俺が起こしてみる?
「…………」
(あの『挨拶』を……この状態の咲夜にするのか……?)
再び視線を向けると、すやすやと心地よさそうな寝息と共に背中を上下させる無防備な姿が映る。
少し頬を撫でただけで、きらきらと光る銀糸の髪がさらりと零れ落ち、まるで、誤ってこの地に降り立ってしまった神聖な存在に触れているような気がしてしまう。
しかし悲しいかな。俺は下界の成人男子。僅かに開いた桜色の唇から、目が逸らせない……
「えっ、ちょ、待て待て。何を考えてるんだ俺は……!」
(いくらキス程度慣れたもの、嫌がられはしないだろう……とは言っても、こんな無防備な状態の……美少女に……)
「…………」
(無防備な……美少女に……)
――背徳感がヤバい。
こういうのは慣れじゃないんだ。シチュエーションなんだ。そうでもなければ、キスくらいでここまで熱くならない。
「う……」
揺れる。
激しく衝動が揺れる。
常識と非常識、冷静と情熱、善と悪。そして、理性と本能が狭間を行き来して思考回路は
その揺れは、昨日乗ったどんなアトラクションよりも心臓を締め付けてグラグラさせる。そして、咲夜のその顔を見ているうちに、脳みそもグラグラとしてきた。頭がチカチカして、スターライトだ。
(…………)
「咲夜……」
思わず、顔を近づける。次第に大きくなる呼吸の音が耳を満たし、身体から香る甘い匂いが鼻を満たす。
満たす、満たす。満たして、満たして……
口を、つけた。
俺は――負けたのだ。
「ん……」
「んん……」
「……ふっ……」
「…………っ!?」
「……はぁ……」
「~~~~っ!?」
ぷはっ……
咲夜が、目を覚ました。背徳的な達成感と、続きがしたいというどうしようもない感情に満たされる一方で、死にかけの理性がカムバック。
(ここで『いつものアレ』が言えれば、まだ帰ってこられる……)
一呼吸おいて、俺は口を開いた。
「――おはよう?」
「~~~~っ!?」
「おはよう、咲夜。目、覚めたか?」
「~~~~っ!!」
真っ赤になって口をパクパクさせる咲夜。あいかわらず、『される方』には慣れないらしい。涙目なその表情に、一瞬欲望がカムバックしそうになるのをこらえて身を起こした。
「今日は咲月もまだ寝てるだろ。朝ご飯は、何がいい?」
「…………哲也君」
「は?」
「朝ご飯は、哲也君がいい……」
「…………」
(いやいやいやいや。待て待て待て待て。これ以上グラグラさせんなよ――)
「……続き……しないの?」
「…………っ!」
(いやいやいやいや。まだまだまだまだ朝だから!そろそろ咲月達も起きるって!?)
耐えろ、耐えるんだ俺の理性。お前の本気はこんなもんじゃないだろう?
目を瞑って理性を呼び起こす俺の胸ぐらを咲夜が揺さぶる。
「ねぇ、さっきのどうしたの!?もう一回して!?頭がチカチカするぅ!」
「いや、俺の方がスターライトだってば……」
「「…………ぷっ……」」
「もう、何言ってんだろうな。意味不明だし。バカか……」
「ふふ……わたしも、朝から何考えてたんだろう……のぼせちゃうね?」
俺達は、理性を取り戻した。
「そのまえに、ひとつ言うことがあるだろう、咲夜?」
「え?」
「『挨拶』の後は――?」
「――!」
その言葉に頬を染め、目を細めて笑う咲夜。
そして一言。
「おはよう哲也君。今日も、いい日だね?」
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