第49話 トランプの兵隊さんとママの居場所


 爽やかで、それでいて甘く香るフレーバーティーは、どこか咲月を彷彿とさせる。

 その爽やかさに、先刻のミーナちゃんの言葉がよぎった。


 ――『にーには、さくやとさつき、どっちが好きなの?』


(どっちかなんて、選べない……そんなこと言ったら、卑怯かな……?)


 けど、ふたりが俺の気持ちに気づいていることはなんとなくわかっていた。それを許容していることも。だって、そうでもなければ、示し合わせたみたいに交互に寝室を訪れたりしないだろう?更に、片方が来る日はもう片方は起こしに来ない……


(絶対、バレてるよなぁ……しかも、許されてるし。なんか試されてんのか……?)


 こんなんだから、俺は未だにあの家で甘やかされて溶けるような生活を送っているのだ。


(いいのかなぁ……?このままで……)


 俺は少し苦いその気持ちをミントティーに紛れさせ、一気に飲み干す。

 咲月はそんな様子に気づいてか気づかないでか、『行こう?』と言って立ち上がる。差し伸べられたその手にさっきまでのひんやりとした冷たさは無く、あたたかな熱が僅かに灯っているのだった。


      ◇


 ふたりの元に戻ると、すでにくまさんはいなくなっていた。代わりに、軽食のスティックパイを片手に仲良く食べさせあっている姿を見つける。


「どう?ミーナ、美味しい?」

「ん~!」

「よかったね~!あ、哲也君。咲月も、おかえり」

「ただいま」

「楽しかった?」


 にやにや


「俺は楽しかったよ。咲月は……」


 ちらりと見やると、ふい、とそっぽを向く咲月。


「た、楽しかった……」

「ほんと~?」

「ほんとよ!哲也君と一緒なんだから楽しくないわけないでしょう!?」

「ふふ。行ってよかったでしょ?」

「まぁね。でも、お姉ちゃんは覚えてなさいよ……」

「ええ~!何それぇ!」


 なんだかんだいって仲睦まじいその光景を横目に、ミーナちゃんのお口からポロポロ零れるパイ生地を拭き取る。


「むぐ……」

「そんなに零しちゃ、せっかくのお洋服が台無しだぞ?」

「んぐ……んーん!」

「?」


 ぷはっ……


「にーに!抱っこ!」

「はいはい」


(は~もう、口を開けばすぐ『抱っこ』。そんなちょっとわがままなところもか~わいい!)


 俺がミーナちゃんを抱き上げたのを確認し、咲夜がマップを広げる。


「じゃあ、トランプの兵隊さんを見に行こうか。ワンダーランドエリアにいるっぽいよ」

「「りょーかい」」


 俺達は、ミーナちゃんのトモダチだという兵隊さんに会いに行くことにした。


      ◇


 ワンダーランドエリアのレストラン付近に、トランプの兵隊はいた。見つけるや否や駆け出すミーナちゃん。


「あ!またいた!」

「ふふ。写真撮る?前はママが撮ってくれたのかな?」

「うん!」


 ママの話を持ち出した咲夜に一瞬ビビったが、ミーナちゃんは案外すんなりと頷く。


 『アリス』をテーマにしたそのレストランで一生懸命ポーズをとる俺達の小さな『アリス』。


「可愛い!世界一!ほら、笑って!」


 撮影会のカメ子か運動会の親バカ顔負けの溺愛っぷりを披露しながら写真を撮りまくっていると、その度にくるくると回って笑顔を振りまくミーナちゃん。


「にーに、可愛い?」

「可愛い~!」

「ちょっと、哲也君声大きい!他の人がくすくす見てるわよ!」

「だぁって、可愛いんだからしょうがないだろ?」

「ほら、咲月も横に立って!咲夜も!」

「え、ちょっと!」

「いいじゃない!哲也君に『可愛い』って言われるチャンスだよ!」


 咲夜に手を引かれ、ミーナちゃんの横に並ぶ咲月。


「いくぞ~!はい、ちーず!」


 パシャッ……


「は~!三人とも可愛い!」

「て、哲也君、外で恥ずかしいから、そういうの……」

「褒められちゃった……ふふ……」


 ミーナちゃんはもちろん、ふたりもまんざらでもなさそうで心がふわっと温かくなる。

 ひとしきり満足するまで撮影会をした後、そのレストランで休憩をすることにした俺達は、ハートのストローがついた飲み物を片手に今後の方針を話し合う。


「兵隊に会いに来たはいいけど、案外フツーな反応だったな。この後どうする?」

「んー、わたし的にはママとの思い出を辿るのがいいかな、と」

「ママとの思い出?」

「うん。ミーナ、今日泣いてたよね?『ママぁ!』って。あれ、多分思い出しちゃったからだと思う。わたしがそのとき色々聞いても、来た記憶はあるのに帰った記憶は話してくれない。これって……」

「まさか……」


 張り詰める空気を裂いて、咲夜は首肯する。


「うん。もしかして、この園内で誘拐されたか、ママとはぐれちゃったんじゃないかな?」

「そんな……」


 せっかくママと楽しい思い出を作りに来たのに、そんなのあんまりだ。


「でも、そうだとして、どうすればいいんだよ!?何か……俺達にできることは無いのか!?」

「落ち着いて、哲也君。気持ちはわかるけど……」


 咲月はそう言って俺の肩を抑える。その眼差しには俺同様に焦りと不安が見て取れる。


(そ、そうだよな……俺が取り乱してる場合じゃないよな……)


「ごめん……咲夜。続けてくれ……」

「うん。さっきの質問で、ママとここに来たのは電車で一本っていうとこまでは絞れた。ミーナは見た目こそ外人さんだけど日本語が話せることから考えると、旅行ではなくて、日本に住んでいた……と思いたい」

「ああ。となると……」

「沿線沿いにママが住んでる……かもしれない」

「そうね。失踪した娘がいるのに住居を変えるなんて、普通じゃありえないもの」

「じゃあ……!駅で聞き込みをする、とかか?」

「いや、こっちから不特定多数を相手に大々的に動くことは危険だよ。『彼』に勘付かれる」


(そ、そっか……俺達の問題はママだけじゃなかったな……)


「だから、わたし達はママを見つけた上で直接コンタクトを取る必要がある。それか、ママにだけわかるように見つけてもらうか……」

「ママにだけ、わかるように……?」

「うん。だから、わたし達はミーナにもっとママのことを話してもらわなくちゃいけない。そのヒントが、おそらくこの園内にはある」

「そっか……!もし園内で離ればなれになったんだとしたら、ママは足しげく探しに来てるかもしれない……そういうことだな!?」

「それもあるし、ミーナの中にあるママとの最後の記憶がここにはある。それを辿れば……」

「「『家』に辿り着く……!」」


 俺達は三人揃って首肯した。


「そのためには……」


 ちらりと見やると、俺達が真剣に話し合う一方で、ミーナちゃんはおもちゃ付きのケーキセットにご満悦だ。その姿に、思わず顔がほころぶ。咲夜も、愛おしそうにほっぺについた生クリームを拭った。


「ふふ。もーっと、楽しんでもらわないとね?ママとそう過ごしたみたいに、さ?」

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