第48話 咲月とゴーストマンション
くまさんに会いに行くと、そこにはすでに人だかりができていた。一匹のくまを取り囲むようにして群がる群衆。どこからかお姉さんがやってきて、列を形成する。どうやら、写真を撮るには並ぶ必要があるようだ。
「さすが人気者だね?」
「結構並んでるな……」
「それはそうよ。くまさんにはお家が無いの。くまさんと写真を撮るには、園内にいる野生のを捕まえるしかないんだもの」
「おいおい、RPGじゃあるまいし……」
「くまさん!くまさん!こっち向いてぇ!」
「ほら、抱っこしてあげるからこっちおいで?その方がよく見えるでしょ?」
咲夜はふわりと抱き上げると、俺と咲月に視線を向ける。
「わたしはここでミーナとくまさんの写真待機するから、その間にふたりは違うアトラクションにでも行ってきなよ?隣のゴーストマンションなら比較的空いてるんじゃない?」
「えっ……」
声をあげたのは、咲月だ。
「咲月いいの~?哲也君とふたりでライドだよ?」
「うっ……お姉ちゃん行きなよ。私が写真待つから」
「え~?哲也君、咲月の可愛いところ見たくない?」
「えっ?そりゃ見たいけど……なんで今?」
「なんでもいいから!ほら、いってらっしゃい!」
「「わっ……!」」
背中を押され、俺と咲月は列から抜けた。
「せっかくだし、行こうか?お言葉に甘えて」
「う、うん……」
手を差し伸べると、咲月はおずおずと握り返す。
言われた通り、ゴーストマンションは空いていた。平日の朝早い時間帯で子連れが多く、この時期はハロウィン仕様でないせいかガラガラ。そんなところが鬱蒼とした雰囲気とマッチして、なんとも言えない薄気味悪さだ。
「子供向けのアトラクション……なのか?造りが凝っててフツーに怖いけど……」
「哲也君、こういうの苦手?」
「いや、そうでもない。感心してただけ」
「あ、そう……」
なぜかしょんぼりとする咲月。俺はその手を引いてマンションへ足を踏み入れた。
中も、外に負けない気味悪さだった。にこりともしない蒼白なメイドさんに案内され、ヘンテコな乗り物に乗せられてベルトを締められる。もう逃げられない的な演出を散々された後、幽霊屋敷内をその乗り物で巡回するのだ。
「いってらっしゃいませ。また『生きて』会えることをお祈り申し上げます――」
その言葉に、ガタガタと軋む車体。そして、出発するや否や手を握ってくる咲月。けど、心なしか口数が少ない。
「咲月?具合でも悪いのか?」
そう問いかけると、咲月は肩をビクッとさせる。そして――
「哲也君!後ろ後ろ!」
「え?――」
ゾンビと、目が合った。窪んだ眼孔から零れ落ちそうな、半熟の目玉。
「う――」
「きゃあああ!」
「わっ!咲月!そんなにしがみつくなって!ただのゾンビだろ!?」
「ただのゾンビって何よぉ!」
「そりゃあ――」
振り返ると、複数の目玉と目が合う。群れだ。
「――こんな感じの?」
「いやああ!」
「咲月……ひょっとして、こういうのダメなのか?」
腕にしがみついたままこくこくと頷く咲月。いつもの涼やかな顔で迫られるときとはまるで違う、子どもみたいなしがみつき方。
(かわ……)
可哀相だけど、可愛いと思ってしまった。
(咲夜が言ってたのはコレか……)
「大丈夫か?あーあー、鳥肌立ってるよ。無理すんなって……」
「でもぉ……せっかく哲也君と乗ってるのに……一緒に楽しめないなんて……」
「いいって。俺は十分楽しいよ」
(咲月の反応が……)
そう思いながら頭を撫でていると、車体が急停車する。何事かと見回すと、目の前に特大のゴーストが口を開けて待っていた。どうやら天井から流しているミストに映像を映し出しているようだ。
「お、すごい!咲月、すごいぞ!ハイテクだ!」
「え――」
「あの中くぐるのか!ほら、口の中に入っていく!」
「何コレ……!私知らない……!」
「そういえば、看板のところにリニューアルって書いてあったな。結構前みたいだったけど」
「リニューアル……?」
「咲月も来るの久しぶりか?」
「だって私こういうのダメだから、いつも乗らな――」
「吸い込まれてるのか?車体がガタガタいってるぞ!おお!揺れる揺れる!」
「え、やめ……」
「わぁ、俺達食べられちゃうみたいだ」
こんにちは、ゴーストさんの口の中。
「え、ちょっと待って!」
「止まらないぞ?ライドだから」
「そんな!ダメ!いやあああっ――!」
咲月の叫び声は、俺の胸元に吸い込まれていった。
「あはは!面白かった!最近のアトラクションてすごいな!」
まぁ、俺的には咲月が一番面白かったけど。だって、出た後も膝がぷるぷるしてるし。
「ほら、大丈夫か?」
咲月はそっと手を握り返すと、ぽそりと呟く。
「て、哲也君のいじわる……」
「ええ?心配してるのに?」
「顔、すごく楽しそう……」
バレたか。
「お姉ちゃん……許さない……」
「そ、そんなにイヤならなんで来たんだよ?」
「それを聞く哲也君も、いじわるよ……」
むぅっと膨れる咲月も可愛い。
「でも、楽しかったよ。咲月のおかげで」
「……そう言ってくれるなら、頑張ってついてきて良かった……」
「来てくれてありがとな?さ、みんなのところに――」
「うん……あ。ちょっと待って」
「ん?」
首を傾げると、咲月が指差した先には温かい飲み物を売っているワゴンが。
「季節限定……飲んでもいい?」
「いいよ。もう少しだけゆっくりしていくか」
俺は咲月とふたりでベンチに腰掛け、季節のフレーバーのミントティーに舌鼓を打ったのだった。
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