第47話 子守りの天才

 ポップコーンを購入した俺はふたりと連絡を取り合い、時計仕掛けのからくりが愉快に踊るアトラクションの前で待機する。これなら小さな子でも確実に乗れるだろうから、ミーナちゃんが以前に来ていたとしても乗ってるはずだ。

 抱っこされたまま、そのアトラクションの大時計のカチコチという動きに合わせて首を振るミーナちゃん。


 もう、何してても可愛い。


 俺がぼんやりとその様子を眺めていると、ミーナちゃんは俺の口にポップコーンを当てた。


「むぐ……ありがとう?」

「んふふ……おいし?」

「美味しいよ」


 カチューシャが取れないように注意しながら頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。


「ママも、おいしいって言ってくれた」

「――っ!ミーナちゃん、やっぱママとも来たことあるのか!?」


 その問いに、小さな頭がこくりと揺れる。そして、次の瞬間。ミーナちゃんの視線はある親子連れに釘付けになった。


「――っ!」

(……?)


 よく見ると、ショップワゴンの前でお菓子をねだる小さな子が母親に『一つまでって言ったでしょ?』と諭されている。そして、母親は泣き出す子どもをやれやれといった表情で近くのベンチに座らせた。


「…………っ!」


 ミーナちゃんは、なぜだかその光景から目が逸らせない。大きな青い瞳を一層見開き、呼吸をするのも忘れて凝視している。


「み、ミーナちゃん?どうした?」

(あのお菓子が、欲しいのかな……?)


 そう思って買い与えようと手を引いた、矢先――


「ママ……!」


 小さなお口が、そう言った。


「ママ……!どこ……?ママぁ!」

「――っ!?」


(急に叫びだした!?どうして今になって!さっきの親子連れを見て、自分の姿が重なったか!?)


「ミーナちゃん!大丈夫か!?しっかりしろ!」


 咄嗟に両肩を掴んで揺さぶるが、両方の目から零れる涙が止まらない……!


「ううっ……!ママぁ!どこぉ!?ミーナはここだよ!ママぁ!」

「――っ!」


(まずい……!)


 周囲の視線が、『なにごとか』と次第に集まってくる。


「う……うえ……!ふぇ……うえぇ――」


(特大のが!来る……!)


 咄嗟に目を瞑ったその時――ふわりとした香りがすぐ傍を吹き抜けた。


「――っ!ミーナ!どうしたの?なんでそんな悲しそうな声出すの?」

「うぐ……むむぅ!」

「さ、咲夜……!」


 見ると、咲夜がミーナちゃんの頭を胸に押し付けて落ち着かせようとしている。


「むぐ!むぐ!」

「――ん?『ママ』……?」


 なにかを得心したような咲夜は、ミーナちゃんの頭をぽんぽんと叩くと、背中をさすりながら耳元でゆっくりと囁く。まるで、耳の奥から脳に直接声を届けようとしているかのようだ。


「ミーナ。ママは、今日はお留守番だ――」


(えっ……?)


「ママはお留守番。おうちにいる。――わかるね?」


「んぐっ……ぐし……」

「代わりに、さくやがここにいる。ずっとずっと傍にいる。――わかるかな?」


 ――泣き声が、止んだ。


 咲夜は、そのままのトーンで囁きかける。


「ミーナ。ママは、おうちだ。そうだね?ママのおうちは、どこかな?」

「……?うっ……ぐしゅ……」

「ママとは、どうやってここに来たっけ?」

「でんしゃ……」


(――っ!咲夜、まさかここで聞き出そうと……!)


「乗った電車は、ひとつかな?」


 こくり……


「ここには、ママとふたりで来たの?パパは?」

「ママと……ふたり……」

「そっか。ちなみに、帰りは――」

「――っ!」


 急に震えだすミーナちゃん。そして、再び『ママどこ?』と『ミーナはここだよ?』をうわごとのように繰り返す。その様子を見て、咲夜はぎゅうっと抱きしめた。

 そして、何を思ったかミーナちゃんの首から下がっている入れ物からポップコーンを取り出すと、小さなお口に指ごとそっと含ませる。


「はむ……?」


 急に口の中にものが入ってきたことで、きょとんとするミーナちゃん。咲夜は目を細めて笑った。


「――おいしいね?」


 こくり……


「あまい?」


 こくり……


(すごい……『波』が去っていく……)


 咲夜は、ミーナちゃんと目を合わせて一緒にポップコーンを食べる。甘いキャラメルがたくさんかかったところを選び、ミーナちゃんの舌にそっとのせていく。

(『味』で気を逸らしているのか……?)

 そして、にっこりと笑いかけた。


「ミーナ。美味しいね?」


「うん……」


「ミーナ。今日は、わたし達とあそぼう?くまさんが、あっちにいたんだよ?会いに行かなくちゃ――ね?」

「うん……!」


 ミーナちゃんは、泣き止んだ。


「すごい……」


 その手際の良さに驚いていると、隣に来ていた咲月が口を開く。


「お姉ちゃん、昔からこういうのは得意なのよ。ほんと、びっくりしちゃう」

「子守りか?」

「暗示よ」

「…………」


(おい……)


「まったく、どこで身に着けたのかしら?私も昔よくかけられたわ。『今日はお姉ちゃんと寝たくなる~』って。でも、子守りが得意なのも本当みたい」

「だったら、さっきの言わないで欲しかったぞ……」


 ジト目を向けると、咲月はこっそりと、不敵な笑みを浮かべる。


「だって私達、監禁犯だもの」


(そういえば、そうだった……)


「今は哲也君も――ね?」


 嬉しそうな咲月に腕を組まれ、にこりと微笑まれる。


(この笑みにやられて、俺は監禁犯の一味かぞくになったんだっけ……)


「はぁ……けど、忘れるなよ?俺達の目的は――」

「「幸せに暮らすこと――でしょ?」」

「わかってるなら、いいけど……」


 双子の笑みに、俺は再びほだされる。そして、ミーナちゃんも。


「にーに!あっち!くまさん!」


(よかった。すっかり元通りだな……)


「はいはい。じゃあ皆でくまさんに会いに行きますか!」

「わ~い!」


 俺達は、みんなで仲良くくまさんの元へ向かった。

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