第46話 幼女と異世界の入り口で
ゲートをくぐると、そこは『異世界』だった。
「おおお……!」
メルヘンチックな建物に、そこら中から漂うお菓子の甘い香り。園内を闊歩するふっかふかの着ぐるみ達に、ここぞとばかりに思い思いの恰好ではしゃぐ子どもと大人。
その世界観はまさに、現実と切り離された『夢の国』。しかも、一度足を踏み入れたら最後。建物に隠れて現実世界の景色が湾以外見えないという、とことん凝った造りっぷり。
「なんか、ミーナちゃんと同じような恰好した小っちゃいプリンセスがいっぱいいるな!」
満面の笑みで着飾った幼女達は皆一様に愛らしいが、言うまでもなくウチの子が一番だ。
「さぁ、ミーナのママのヒントを探すよ~!ふたりとも、こっちこっち!」
「「おー!」」
「「「…………」」」
「――で?どうすんだ?」
「とりあえず、トランプの兵隊を見つけるのは確定として、私達にできることは……」
咲月は俺に手を引かれながらそわそわと今にも駆け出しそうなミーナちゃんに視線を落とす。
「とりあえず、遊びましょうか?きっとママと来たときもそうしたはずだし」
「だな……!」
咲月のOKが出たところで、俺達は『夢の国』を満喫することになった。
ふと気になって、ふたりに問いかける。
「なぁ、ミーナちゃん外に出してよかったのか?脱走に気づいて『彼』が探してるんじゃ……」
「哲也君、何のためにミーナちゃんにその恰好させたと思ってるの?」
「え。可愛いから……?」
俺の返事に、咲月はジト目を向ける。
「脳みそ本当に溶けちゃったの?」
「う……」
言い淀む俺に、咲夜が助け舟を出す。
「まぁあまぁ。こうしていれば『アリス』にしか見えないからね!カモフラージュには丁度いいでしょ?だって、こうでもしないとミーナは目立つから、お外に出られないもんね?」
「……?」
きょとんと咲夜を見上げるミーナちゃんは、ポッブコーンバケツを振ってカラカラと音を立てる。『早く寄越せ』と、彼女なりに主張しているようだ。
(よっぽど食べたいんだなぁ……)
思わず顔をほころばせていると、おもむろに肩を叩かれる。
「じゃ、ミーナは任せたから!わたしと咲月は早乗りチケット取ってくるね!」
「え、あ、ああ……」
「ポップコーン買って待ってて!すぐに戻るから!行こう、お姉ちゃん!」
「あ、ちょっと……」
ぽつりと園内入り口付近で立ち尽くす俺の裾を、ミーナちゃんが掴む。
「にーに……」
そして一言。
「フラれちゃったの?」
(――っ!)
今一瞬そう思ったけど考えないようにしてたのに!てゆーか、どこで覚えたのそんな単語!?
ぎょっとして見つめると、ミーナちゃんは園内手前で喧嘩したと思しきカップルを指差す。次いで、プギャーな眼差しでひそひそする男子修学旅行生を。
「おにいちゃんと、一緒だね?おにいちゃん達が言ってたよ?」
「…………」
俺は心を改めた。もうリア充に爆ぜろなんて思わない。二度と。
「ミーナちゃん、にーにはフラれてなんかないからな?これは別行動だから。これも楽しく遊ぶための大事なことだから」
そう、自分に言い聞かせる。
「それに、にーににはミーナちゃんがいるから、いいの」
「……?にーにには、さくやとさつきがいるよ?」
「そ、そう?」
「ん。さくやもさつきも、にーにがお部屋にいるとき、『だいしゅき』って言ってる。ごろごろしてる」
(そ、そうなんだ……?ふたりして推し語りでもしてんのか?)
「…………」
改めてそう言われ、幼女の目から見ても愛されているのがわかるのかと思うと、なんだか顔が熱くなる。
「にーに」
「ん……?」
「にーには、さくやとさつき、どっちが好きなの?」
「え?」
(それは……)
咄嗟の問いかけに、うまく言葉が出てこない。
「ミーナはね、どっちもしゅき」
(そ、そっか……そういうことか……深い意味なんて、ないよな……)
俺はにっこりと目線を合わせた。
「にーにもね、ふたりが大好きだよ」
「ミーナ、にーにもだいしゅきだよ?」
「――っ!ミーナちゃん……!」
(なんていい子なんだ……!絶対に俺が幸せを見つけてやるからな!)
感動しながら抱っこし直すと、満面の笑みを浮かべるミーナちゃん。そして、
『――ん』と指差した先にはポップコーン屋があった。
「…………」
(だいしゅきだから、『買え』って……?)
ジト目も向けると、にぱっとした笑顔が返ってくる。
もう、どうでもいい。この世は可愛いが正義だ。
「はああ!もうおサイフでもなんでも構いませんよ!おねだり上手なアリスちゃんですね!」
俺は一切合切を許容し、ポップコーン屋の列に並んだ。
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