第50話 咲夜とジェットコースター


「じゃあ、私はミーナちゃんと田舎のくまさんシアターでも見に行ってるから、ふたりでコレ行ってくれば?」


 咲月に渡されたのは、ジェットコースターの早乗りチケットだ。これがあると、待機列に並ばずにすぐ乗れるという優れもの。


「いいのか?これ、ふたりが早朝に取ったやつじゃ……」

「いいのよ。私達は哲也君と乗るのが一番嬉しいんだから。お姉ちゃんを取られちゃったみたいでちょっと悔しいけど……」

「そんな!お姉ちゃんは咲月だって大好きだよ~?そんな顔しないでぇ!」


 ぷぅと膨れる咲月に頬ずりをする咲夜。今日はペアルックなせいか仲の良さが際立って一層微笑ましい。


「ほら、外でそんなにすりすりしないでってば!いってらっしゃい!」


 半ば強引にチケットを握らされて、俺と咲夜はスターライトコースターに向かった。

 天井に星屑が散りばめられた宇宙ステーションのような建物に入るや否や、物々しいアナウンスが流れる。


『各スペースレンジャーに通達。この航行は激しい揺れを伴うミッションである。安全ベルトの着用を要確認。体調の優れないクルーは無理をせず近くのリーダーに申し出ること』

「――だってよ?咲夜、体調の方は大丈夫なのか?」


 暗い通路を進みながら声を掛けると、ぱぁっとした笑顔が返ってくる。


「ぜーんぜん大丈夫!哲也君といるとね、とっても具合がいいんだよ。これって、病は気から、だったのかな?」

「そうなのか?」

「うん!哲也君といると楽しい!」

「声大きいって……バカップルみたいで恥ずいだろ……」

「え~?ダメ?バカップル」


 そう言って、嬉しそうに腕を組んできた。通路が薄暗くてよく見えないが、このふかっとした感触は確実に胸が当たっている。いや、むしろ腕が挟まっている……


(あ、相変わらずだな……けど――)


「楽しそうで、よかったよ」

「えへへ、すっごく楽しい!こんなの初めて!いや、夏祭り以来かな?外に出るのがこんなに楽しいなんて思わなかった!」

「そっか。俺もだよ。今までインドア派だったのがもったいないくらいだな」


 ――うん。咲夜といると、楽しい。


 それは天ちゃんと病室で過ごしていたときからそうだった気がする。咲夜は俺といるとき、無邪気でこれ以上ないってくらいの笑顔と好意を向けてくれる。

 それがこそばゆかったり恥ずかしかったりすることもあるが、つられて俺も笑顔になれるのだ。それは、咲月といるときとはまた別の喜びだった。


 咲月といるとき、俺はどちらかというと『落ち着く』ことの方が多い。そのどちらが優れているというわけではないが、そんなふたりだからこそずっと一緒にいたいと思ってしまうのは、俺のわがままなんだろうか。


 ぼんやりとしていると、組まれた腕に力が入る。


「ありがとう、哲也君。色んな『楽しい』をわたしにくれて……」

「そんな、大袈裟な。それは俺の台詞だよ」

「大袈裟なんかじゃないよ?キミといると、楽しい気持ちと嬉しい気持ちで心がふわふわするの。すっごく幸せ。これが、満たされるっていうことかな?」

「ちょ、よくそんな恥ずかしい台詞言えるな……」

「だって、ほんとだもん!だから……」

「だから?」


 一呼吸おいて、とびっきりの笑顔が返ってくる。


「バカップルっぽいことがしたい!」

「え~?」

「あ、何その顔!」

「いや、外じゃ恥ずかしいだろ?」

「ううう……見せつけたい……」

「やめろって。逆に見せつけられたらどう思う?」

「爆ぜろ」


(あ。自分が美少女でもやっぱそう思うんだ……)


「だろ?だから、お外じゃダメだ」

「え~?じゃあ、おウチに帰ったらい~っぱい可愛がってね?」

「なんか言い方がやらしい」

「やらしいことでもいいよ?」

「…………」


(そんなんだから、俺がダメな子になるんだよ……)


 俺はため息を吐きながらジェットコースターに乗り込んだ。


「ほら、ちゃんとベルト締めたか?レンジャー?」

「イエス、サー!ふふ……」

「どした?」


 俺の問いに、咲夜は目を細めて笑う。薄暗い中、星の輝きのようなライトで照らし出されたその表情は可愛い、というより美しい。その瞳に吸い込まれるように視線と心を奪われていると、動き出す直前にふわりと耳元で囁かれた。


「――楽しいね?」

「ああ……」


 俺が心からそう答えると、咲夜もつられてにっこり笑う。そして一言。


「吐いたらごめん」

「えっ?」

「実はね、苦手なの。落ちるやつ」

「なんで乗ったんだよ!」

「哲也君とならいけるかなって」

「俺は三半規管を強化する特殊能力者じゃない!」

「だって……」

「だって?」

「楽しければ、いいじゃない?」

「お前ら双子はどうして揃いも揃って苦手なものに――!」

「ひゃっ!動いた!ヤダ!揺れる!落ちる!前が見えない!きゃああああああッ――!」


 俺達スペースレンジャーは、シャトルに乗って急上昇、急降下して、落ちた。


 外に出てもふらふらな咲夜に手を差し伸べると、震える手でそっと握り返される。

 しかし、次の瞬間――


「えへへ……楽しかったね?」

「おいおい、そんな笑ってる膝で説得力――」


 ――大アリだった。


 だって、その笑顔は紛れもなく『楽しかった』と言っているんだから。


(これだから……)

 咲夜といると、楽しいんだな。


 俺は胸の中でこっそりと頷いて、負けないような笑顔を返すのだった。

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