第44話 ミーナのトモダチ


 咲夜の調査の方も手詰まりということで、俺達は夕方までミーナちゃんと遊ぶことにした。とはいっても、インドア派な俺と咲夜の思いつく『家遊び』といえばアニメ鑑賞かおままごとくらいだった。

 試しに俺がパパで咲夜をママにしておままごとを実践しようとしてみたが、咲夜のおっぱい以外にまるで興味が無いミーナちゃんに俺達はお手上げ状態。

 しぶしぶアニメ鑑賞に切り替えることにした俺達は、『アソパソマソ』や『デズニー名作シリーズ』の中から手ごろなものをチョイスしてソファでごろつく。


「やっぱシンデレラじゃないのか?」

「いやいや、ここは白雪姫……」

「あれ、小さい子には怖くないか?魔女とか毒リンゴとか、やたら演出がエグかった気が……」

「そうかな?じゃあ、トイストーリー?」

「ああ、あれはヤバい」

「絶対泣く」

「おもちゃ達との出会いと別れ……」

「うっ……!思い出すだけで涙腺がぁ……!ふぇ……!」

「おいおい、子どもの前で子どもみたいに泣くなって……」


 俺がそっとハンカチを差し出すと、咲夜はなんでもなかったかのように顔を上げる。


「けど……思ったんだけどさ、トイストーリーって、『おもちゃで遊んだ思い出』が無いと泣けなくない?」

「たしかに。あれって懐かしさ故に涙が出るっていうか、懐古厨にしか効かないっていうか……つーか、子ども感動させて泣かせてどうすんだって話だよな?」

「うん。もっと楽しい話にしよう。ドッキドキでわっくわくな感じの」

「そうだな。アリスにしよう」

「いいね。アリスって金髪でミーナっぽいし」

「だな。生き写しだよ。マジ可愛い」

「コスプレさせたいね」

「それは是非とも」


 演目は、全会一致で『不思議の国のアリス』となった。

 夕方になり帰ってきた咲月に言われて気がついたが、『トイストーリー』を『泣き映画』と判断するのが『懐古厨』であって、あれはフツーに『ドッキドキでわっくわくな』楽しい映画だった。

 『不思議の国のアリス』を見ながらドッキドッキわっくわっくしているミーナちゃんを横目に、咲月からの報告を受ける。


「ミーナちゃんを見つけた辺りから白金台まで歩いてみたけど、それらしき家も無かったし、ミーナちゃんを探してると思しき人もいなかった。手がかりまるで無しね……」

「そっか……ご苦労さん。こっちは若干進展があったぞ。――な?」

「そうそう!哲也君てばホームズなんだから!」

「ホームズ……?」


 首を傾げる咲月に、『ママの手がかり』である目玉焼きの話をする。


「へー。さすが哲也君。優しさマックスね?」

「ね~?」

「いや、目玉焼き作るくらいフツーだって……」

「でも花丸よ?私も食べたい」


 ほんのりムッとする咲月。そんな咲月に、咲夜は自慢げに胸を張る。


「わたし食べちゃった~!一口!」

「あ、ずるーい!」

「いや、目玉焼きくらいいつでも作ってやるって……」

「ほんとに?花丸?」

「花丸でもなんでも」


 そう答えると、咲月は照れ臭そうに笑った。


(あ、いいな……)


 きちんと告白されてからというもの、咲月は以前より表情が豊かになったように思う。それは、俺が晴れて自由になり、尚且つ『傍にいる』と約束したことで、監禁犯として肩の荷が下りたというのもあるだろう。


(咲月、笑うと特に可愛いんだよな……普段は涼しげな顔してるから、ギャップがまた……)


 ――ハッ……


 ぼんやりしていたら、いつの間にか夕飯の支度が始まっていた。


「俺も手伝うよ。咲月は疲れてるだろうから、休んでろって。メニューは……チキンソテーか?」


 冷蔵庫を覗きながら問いかけると、ドヤ顔の咲月に訂正される。


「惜しい。今日は照り焼きチキンの予定」

「お、それなら俺でも作れる。任せろよ?」

「でも……」


 ためらう咲月を休ませようと、俺は咲夜に合図した。


「咲夜、任せたぞ!報酬は俺の手料理だ!」

「アイアイサー!ほーら、咲月!たまにはお姉ちゃんと一緒にごろごろしよ?哲也君とばっかりごろごろしないでさーあ?」


 咲夜は咲月を後ろから羽交い締めにすると、ソファにドカッと腰かけてくすぐり始める。


「えっ、ちょっと、お姉ちゃん!?や、やめてくすぐったい!」

「ふふ!咲月は昔っからこしょこしょ弱いよね~?ここかな?それともここかな~?」

「ひゃっ……!おねえちゃんんんッ!だめぇ!」


 咲月はショートパンツから伸びる白い足をじたじたとさせながら真っ赤になって抵抗しているが、こと『遊び』に関しては咲夜に軍配があがるらしく、シャツに手を入れられて腹がよじれんばかりに悶えている。


「さくやずるい!ミーナもまぜて!ミーナもあそぶの!」

「ミーナ軍曹やる気だね?いい心がけだ!足の裏が狙い目だよ~!」

「あい……!」

「ミーナちゃん!?あはは!足の裏舐めないで!やめっ!やめ……!」

「…………」


(いいなぁ……)


 なんだか羨ましい大乱闘が始まったので、俺は大人しく鶏のもも肉と向き合った。


      ◇


 俺達は揃って『いただきます』をし、夕食を囲む。今日のメニューは俺お手製の照り焼きチキン定食にサラダとスープだ。ミーナちゃんには細かく刻んだ照り焼きチキンをほかほかご飯と一緒にお椀に乗せ、『チャーシュー丼ぽいもの』を提供した。


「はう!美味しい~!咲月シェフも素晴らしいですが、哲也シェフも大変よろしいお手前で……!」

「ほんと。哲也君、実はやればなんでもできる系男子?」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、照り焼きチキン如きで万能男子スパダリ認定されちゃあ、ハードルがあがりすぎて今後ツラい」

「でも凄いよ~!お嫁においで!」

「お嫁にして、でしょ?」

「いや、もう殆どなってるし……」

(俺が、お嫁に……)


 居候の俺にできることと言えばこれくらいなので、それでふたりが喜んでくれるのはとても嬉しかった。

 俺達の住むマンションは実は『結構イイ』マンションで、引っ越す際に家賃を一部負担するとびくびくしながら言い出したのだが、『身体で払ってもらうから結構』とはぐらかされ、俺の貯金は事なきを得た。世帯主である咲夜(主な収入源は投資とマネーゲームだが)には、感謝してもしきれない。

 そんな俺の気も知らず、『お嫁発言』にきゃあきゃあ言いながら歓喜するふたり。

 俺はふたりに挟まれながらチャーシュー丼もどきをパクついているミーナちゃんに声を掛ける。


「お口に合いますか?お客さん?」

「お口……?」


 首を傾げながら小さなお口をくわっと開けるミーナちゃん。


「あはは、そういうことじゃないって。美味しい?」

「ん……!」


 もぐもぐしながら、とってもいい笑顔が返ってきた。


(なんか、子どもができたらこんな感じなのかな……?)


 しみじみとそんなことを考えていると、不意にミーナちゃんの手が止まる。不思議に思って視線を辿ると、それはテレビの中のキャラクターに釘付けだった。


「ミーナ、あれ知ってる……!あれトモダチ!」

「「「……?」」」

「トランプの……兵隊?」

「何?アリスのキャラクター?ああ、アリスを追いかけてるアレ?」

「みたいだけど……どうしたのかしら?」

「ミーナのトモダチ!」

「「「ええ~?」」」


 『アレが?』という一言をぐっと我慢し、ミーナちゃんに問いかける。


「トモダチ……って、どこで会ったんだ?」

「ん~、覚えてない。でも、いっしょに写真とったの!ほんとだよ!」

「「「――っ!」」」

「おい、まさか……!」

「これって、チャンスだよね?」

「何かわかるかもしれない……!」


 俺達の次の目的地が決まった。

 ――『夢と魔法の国』だ。

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