第41話 ママの『はなまる』
「さぁ、今日は何して遊ぼうか?」
俺の問いかけに、ミーナちゃんはきょとんと目を丸くする。
さっきまでミーナちゃんと遊んでいた咲夜は、夜通し行った『調査』の疲れを癒すために今は咲月の部屋で仮眠をとっている。その間、ミーナちゃんと遊ぶのは俺の仕事だ。
「やりたいことがあるならなんでも言ってくれ?俺はプロだから」
「プロ……?」
「そうそう。詳しいし、何でも知ってるよ、ってこと」
(家の中で過ごすことに関しては、だがな――)
俺がにっこりとほほ笑むと、ミーナちゃんもつられて笑顔を返す。
(はぁっ……!可愛い……!)
正直、『彼』の気持ちがわからんでもないと一瞬気の迷いが生じる俺だったが、咲夜と咲月の読みでは、『彼』は『接触しないタイプ』だということだから、こういうことではないんだろう。
そんな『彼』に監禁されていたせいか、ミーナちゃんは『人の温もり』を求める傾向があった。
「にーに、抱っこ」
「はいはい」
特に遊びたいものが思いつかないのか、ミーナちゃんはそれだけ言うと両手を伸ばして俺の懐に身体をうずめる。
(こんな小さい子に、なんて酷い真似を……)
俺はミーナちゃんの足首についた痛ましい『痕』に視線を向けて、ため息を零した。すると、胸元でミーナちゃんが顔を上げる。
「……にーに?」
「ああ、ごめん。なんでもないよ」
俺に元気がないのがわかったのか、心配そうにこちらを見つめる蒼い瞳。俺は、その心配をかき消すように笑顔を作った。
(今まで悲しかった分、せめて俺が――俺達が、『幸せに暮らす』ってことがどういうことか、教えてやらないとな……)
「じゃあ、遊びたいことがないなら、にーにと楽しいことに付き合ってくれるか?」
「楽しいこと……?」
「そうだよ。例えば――」
――くーっ……
俺が言いかけていると、なんとも可愛い腹の虫が鳴いた。
「まずは、朝ご飯にしようか?」
「ごはん?」
「うん。ミーナちゃんは好きな食べ物とかある?何が食べたい?」
俺の質問に、小首を傾げて服の裾を握るミーナちゃん。
(ん……?)
よく見ると、その服は俺のワイシャツだった。てっきり長袖のワンピースか何かと思っていたが、そのシャツのくたびれた襟には見覚えがある。
(咲月の奴……!他に無かったからって、幼女に『彼シャツ』なんてさせんなよ!?)
思わずこぼれそうになったため息を飲み込み、開いた胸元のボタンを上までかけ直していると、不意に下に何も履いていないことに気がつく。
(ちょ……幼女相手に流石にどうこうとは思わないが、こんな現場誰かに見られたら、監禁容疑で間違いなくブタ箱行きだな……そして、社会的に死ぬ)
俺は即座に咲月にメールし、小さい子用の服と下着の買い物を指示した。
その様子を黙って見ていたミーナちゃんは、ぽそりと小さく口を開く。
「はなまる……」
「……?」
「はなまる、食べたい……ママの、はなまる……」
「――っ!」
(ママ……!?今、ママって言ったか!?)
思わず瞳孔が開いたかと思うくらいに仰天する。
「ミーナちゃん、ママのこと、なんでもいいから覚えてないか!?どこにいるとか、住んでたおうちとか!」
肩を掴んで問い詰めると、ミーナちゃんは『うーん……』と苦しそうに頭を抱えてしまった。
(説明できる歳じゃない、か……?見たところ5、6歳って感じだけど、もし長らく監禁されていたとすれば、その間教育は施されていない可能性は高い……)
だが、この子は確かに『ママ』と言った。しかも、その『はなまる』が食べたいと。その『はなまる』が何を示すのかはわからないが、なにせ花丸だ、どう転んだってそこには愛情があるに違いない。
(ママに会えれば、ミーナちゃんは幸せな暮らしに戻ることができる……!)
俺は希望の光が見えたことに胸を高鳴らせつつ、ミーナちゃんに向き直る。
まずは、この『はなまる』を糸口に記憶を辿らせてみよう。ひょっとするとそれを食べることで、色々となにかを思い出し、話してくれるかもしれない。
俺は先日まで自分がされていたことを思い起こしながら、『記憶』について、傷つけないようにそっと手を伸ばす。
「えっと、ママのことは一旦置いておこう。お腹が空いてちゃ、動く頭も動かないからな。で、その『はなまる』っていうのは何?」
「はなまるは、はなまる。お花みたいにまん丸なの」
「…………」
(うん。それは知ってる……)
「ええと……『はなまる』は食べるもの、なんだよな?どんな色をしてるんだ?」
「ん……はなまるは、黄色くてぴかぴか……」
「それは、甘いの?しょっぱいの?」
「しょっぱ……」
(黄色くてぴかぴかした、しょっぱい『はなまる』……)
「――っ!」
――俺は、思いついた。
「アレか……!」
(俺って天才じゃね……!?)
「待ってろ!今作るから!」
俺は勇み足でキッチンに向かい、『はなまる』の調理に取りかかった。
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