第42話 世界で一番の【檻】


「できたぞ!どうだ、『はなまる』だ!」


 俺は、ソファに座って脚をぷらぷらさせるミーナちゃんの元にドヤ顔で『はなまる』を持って行った。それを見た瞬間、ミーナちゃんの顔がぱあっと明るくなる。


「わぁあ……!」


(ま、眩しいっ……!そして、可愛いっ!だが――)


「その顔は、アタリみたいだな?」

「うんっ……!はなまる!」

「そっかそっか。ならよかったよ」


 俺はサイドテーブルに皿を置き、ナイフとフォークで切れ目を入れた。すると、『はなまる』の真ん中から鮮やかな黄色がとろりと溢れだし、白い花びらを黄金に染めていく。


「ミーナちゃん、『はなまる』には何をかける?」

「しろ!」

「……塩、な。俺と一緒だ。これで、この家の形勢はしょうゆと塩が二対二だな」


 俺はにやりとしながら『はなまる』に塩を振り、小さなお口にそっと運んだ。


「はい、あーん」

「あー……」


 ミーナちゃんが彼女のできる目一杯にお口を開けた、その瞬間。リビングに咲夜の声が響き渡った。


「あー!ミーナってばわたしを差し置いて朝から哲也君とイチャイチャしてるー!」

「……起きたのか咲夜。幼女相手に嫉妬すんなよ……」

「哲也君は金髪幼女に鼻の下伸ばしすぎ!」

「んなこと言ったって、可愛いもんは可愛いんだからしょうがないだろ!?」

「わー!なにこれ可愛い!お花の目玉焼き?」

「自分でふっかけておいてシカトすんな!」

「ねぇねぇ、ミーナ。わたしにも一口ちょーだい?」

「幼女から食べ物を奪うな!」

「いいよ。さくや、あーん」

「あーん……んっ!美味しい~!」

「…………」

「お礼に、ミーナにも食べさせてあげよう!」

「わ~い!」

「…………」


 俺をとことん無視して、今度は咲夜がイチャつき始めた。

 ひとしきりイチャつきながら目玉焼きを食べ終えたミーナちゃんを膝に乗せ、咲夜は俺に向き直る。


「にしても、どうして朝から『はなまる目玉焼き』なの?型、うちにあったっけ?こんなのが作れるなんて哲也君は器用だね?」

「型は無かったから、ナイフでそれっぽくカットして整えたんだよ。ミーナちゃんたってのリクエストだったからな」

「ミーナの?」


 咲夜は不思議そうにミーナちゃんの両手を取ってぷらぷらとバンザイさせて遊んでいる。その動きに、きゃっきゃと笑顔を咲かせるミーナちゃん。


「ミーナちゃんに何食べたいか聞いたら、『ママのはなまる』って言ったんだ。それで……」

「それでよく目玉焼きだってわかったね?」

「まぁ、色々聞いたら、な」

「哲也君ってばホームズ~!」

「そんなに褒めるなよワトソン君!」

「――で、ママがどこにいるかはわかったの?」

「…………」

「ああ~……」

「すまん、そこまでホームズじゃない……」

「でも、こんなのを作ってくれるママだもん。ミーナはきっと愛されてた」

「俺もそう思う」


 深く頷くと、咲夜も短く首肯した。


「……ママを、探そう」

「ああ……」


 咲夜はそう言うと、膝からミーナちゃんをおろして耳を塞ぎ、顎下をこちょこちょとくすぐる。どうやら真剣な話をするようだ。俺はおとなしく耳を傾ける。


「哲也君には先に言っておくね。『けーさつのおじさん』……『彼』は、思った以上に厄介な相手だ。敵に回さない方がいい」

「それは……」

「これを――」


 ワンピースのポケットから取り出されたのは、黄金色に輝く薄い楕円形の板。よく見ると、そこには何かの刻印が多数刻まれている。


「なんだソレ?タグ……?」

「うん。タグ、だね。これは、ミーナの足枷についていたんだよ」

「――っ!」

「調べたところ、何の言語でどんなことが書かれているのかはわからなかった。どんな国の言語とも違うし、おそらく『彼』が『何か』を管理するために特注で作らせたものだと思う」

「そんな……ことって……」


(酷すぎる……!)


「さらに悪いことに、水を使って調べてみたら、タグの素材の比重は水の18倍以上だった。ざっくりK22以上のほぼ純金。つまり、こんなのを特注で作って足枷につけるような『彼』は――」

「…………」

「わたし達では到底手の及ばない、外道道楽主義なとんだ悪党だってこと……」

「そんな……!」

「警察に行かなくてよかったよ。もし行ってたら、金の力で揉み消されて、ミーナはあいつの檻の中にとんぼ返りだ。まったく、なんて厄介な【檻】だろう……ほんと、世界一かもね?」

「じゃあ、どうすれば……!」


 絶望的な表情の俺に、咲夜はゆっくりと口を開く。


「犯人捜しは『彼』の仕事。わたし達は、ママを探す」

「――っ!」

「ママがどこにいるのか、生きているのかいないのかは不明……けど、できることなら手を尽くしたい。愛してくれる『家族』がいるのなら……」

「咲夜……」


 俺は、どこか寂しげに視線を落とす咲夜に告げる。


「――わかった。それまでは、俺達がこの子の『家族』で【檻】になろう」

「哲也君……」

「なんて顔してんだよ?もっと自信持てって!だって、この家ここは世界で一番の【愛の檻】。それはこの俺が保証する!」

「……!」

「そして、俺達の目が黒いうちは――」

「「ミーナはここから逃がさない――」」

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