第24話 監禁犯の想い


「――ッ……はぁ……はぁ……」


 部屋の扉を閉め、左胸に手を当てて動揺した呼吸を落ち着ける。

 心臓がドクドクと嫌な音を立てて、止まらない。


(どうしよう……!)



 ――哲也君が、『ここから出たい』と言い出した。



「なんで……なんで今更……」


 今まで、どういうわけかそんな素振りをまったく見せなかった彼が、今になってそう切り出してきたことに、私は動転していた。

 お姉ちゃんのことが心配なのはわかる。哲也君は優しい人だし、お姉ちゃんとの記憶を取り戻したというなら尚更だ。だから、だからこそ、『今』彼を外に出すわけにはいかない。

 何故なら……


 ――哲也君の監禁を提案したのは、私なのだから。


「どうしよう……お姉ちゃん……!」


 鍵のかかった扉に背を預け、崩れ落ちるようにその場にへたり込む。

いくら哲也君が優しいとはいえ、一度外に出してしまえば、後はどうなるかわからない。ましてや今は私ひとりだ。


(うっかり逃してしまうことになったら、私はどうすればいい?)


 哲也君がその気になれば、私を脅す手段なんてこの家には山ほどある。今まで、そうならないように(自分がしたかったっていうのもあるけど)できるだけ仲良くしてきたっていうのに。実際、すごくいい関係を築けていると思ってたのに。

このままいけば、本当に『家族』になれると思っていたのに!


 今になって『外に出たい』だなんて……!


「やっと、やっと望みを叶えてあげられると思ったのに……!」


(私は、また繰り返すの……!?)


「イヤ……」


 私は体育座りをして、身体を丸めて呼吸を落ち着ける。


 監禁これは、私にとっては贖罪だった。


 幼い頃、ひとりで辛い思いをしていたお姉ちゃんに、何もしてあげられなかった私の ――贖罪。


 お姉ちゃんは、病気になったことは『神サマが決めたこと』だって、そう言ってたけど、私にとってはそうは思えなかった。


 だって、私達は双子なんだもの。

 一歩間違えれば、今頃病院で寝ているのは私だった。


 私は弱くて臆病だから、そのことをお姉ちゃんに話したことはない。けど、もし私がお姉ちゃんの立場だったら、『なんで私なの?』って思わなかったとは言い切れない。

 けど、お姉ちゃんはそう思ったことなんて無いのか、そんな素振りを見せたことは一度だって無かった。それどころか、お見舞いに行くと決まって、『来てくれてありがとう』『おうちでひとりで寂しい思いさせてごめんね』と言って、ぎゅっとしてくれた。

 お姉ちゃんが病院で寝て、発作を起こして、手術を受けている間に、私はのうのうと幼稚園や小学校に通っていたっていうのに……!


「お姉ちゃん……!」


 私が大きくなって、物事がわかるようになってくるにつれて、その想いは日に日に増していった。

 だから、哲也君を見つけてお姉ちゃんが『生きる喜び』を思い出したとき、私は今度こそお姉ちゃんの望みを叶えて、幸せにするチャンスだと思った。


 お姉ちゃんはやさしくて、とっても強い、私の自慢のお姉ちゃん。

 哲也君と病院で別れた後も、『いつかまた哲也君に会えるように』って、何回も手術に耐えて病気を克服し、中学に通えるまでに回復した。


 お姉ちゃんの初めての登校日。一緒に手を繋いで登校して、学校を案内したときのこと……嬉しくて、私は忘れたことはない。


 ――『咲月は頼りになるね?ふふ。まるで咲月の方が、お姉ちゃんみたい』


 お姉ちゃんはそう言って笑ったけど、そんなの、私が学校に詳しいのは、お姉ちゃんが私の代わりに病院で戦ってくれていたからだ。


「ダメ……今度こそ、お姉ちゃんには幸せになってもらわないと、いけないの……」


 その為に――監禁のチャンスを手放すわけにはいかない。


(まぁ、私が哲也君を手放したくないっていうのも、あるけどね……)


 そう思うと、我ながら自分の我儘さに無意識に口元が薄笑いを浮かべる。


 哲也君を追いかけているうちに、お姉ちゃんが好きな彼のことが気になりだして、徐々に惹かれていったっていうのはある。

 けど、こうして暮らし始めてからは、自分でも困るくらいに私は哲也君を一層好きになっていた。


 だって、哲也君は監禁犯である私達に対して怒るどころか、ご飯を作ればお礼も言うし、バイトから帰れば労いの言葉もかけてくる。私やお姉ちゃんを気にかけて、家事の手伝いに、果ては私の為にクッキーまで……


「ほんと、呆れちゃう……」


 そんなお人よしで優しい哲也君を、好きになるなっていう方が無理がある。

 正直、顔もタイプだし。それはきっとお姉ちゃんもそうだと思う。あの、困りながら笑うときの下がった眉とか、たまらない。


 私はお姉ちゃんに幸せになって欲しくて哲也君を『家族』にしたいと思ってたけど、今ではそれも少し違う。


 『家族』になれば、哲也君とずっと一緒にいられる……


 お姉ちゃんは気付いているかわからないけど、哲也君が監禁されている間に、徐々にお姉ちゃんに惹かれているのは私の目から見てもわかる。お姉ちゃんはあんなに可愛いんだから、当たり前よね?

 だからこそ、このまま一緒にいる時間が増えれば増えるほど、哲也君は私達のものになる。


 ――だから、『今』はダメ……


 もっと、『逃げない確証』を手に入れてからでないと――


 かといって、『外に出たい』と言われた以上は、少しくらい『可能性』が無いと哲也君にも限界が来て強硬手段に出る場合があるかもしれない。対策するに越したことは無い。

 私はスマホを片手にパソコンを開いた。


「お姉ちゃんのところへ行く前に、『おつかい』を済ませておかないとね……」

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