第21話 隣のあの子


 ――天ちゃんは、お天道様みたいなキラキラした髪の女の子だった。


 病室から少し離れた中庭のベンチで、いつもひとりで本を読んでいた。

 中庭の近くを通るたびに見える、銀色の髪の風に揺られて光る様子に、俺は幼いながらに見惚れてしまっていた。


 名前は、涼天咲夜。


涼天りょうてんって、変な苗字だよね……?呼びづらいなら、好きに呼んでくれていいよ?』


 ある日、中庭の入り口でつい立ち止まっていた俺に、天ちゃんは自己紹介し、そう声をかけてくれた。


 苗字が涼天で、髪がキラキラ輝いてお天道様みたいにとっても綺麗だから、てんちゃん。

 俺がそうあだ名をつけると、天ちゃんは大きくて丸い目をさらに大きくさせて笑った。


りょうちゃん、じゃなくて?ふふ、哲也くん、だっけ……?キミ、変わってるね……?』


 それから俺達は病室が隣同士であることがわかると、よく一緒に遊ぶようになった。


 俺達が入院していた小児循環器科が入った病棟は、いわゆる『ムズカシイ子達』が集められている病棟で、そのときは、俺と天ちゃん以外に歳の近い子がいなかった。


 俺達はお互いに心臓に何らかの問題を抱えて入院していた。

 俺は別に移植が必要なレベルとかそういうのではなかったが、こどもの小さな心臓にメスを入れる必要があるということで、担当できるお医者さんが少なく、その割に急を要さない病気だったせいもあって、『様子見』の入院生活が長引いていた。


 そんなこともあって俺と天ちゃんはすぐに仲良くなり、検査などが無い暇な時間は、看護師さんの目を盗んではお互いの病室に潜り込み、色んな話をしたり、親が置いていったタブレットで映画を見たり、その映画で見た魔法の呪文を言い合ったり、一緒にゲームをしたりして過ごしていた。


      ◇


 そんな懐かしい記憶が、一瞬にして走馬燈のように蘇る。


「どうして忘れてたんだろう……」


 横たわり、苦しそうに眉間に皺を寄せる咲夜に視線を落とす。

 ――と……


「はっ……はっ……あぁ……はッ……!」


 咲夜の呼吸が急に乱れ始めた。

(ひょっとして、まだあの頃の病気が治ってないのか……!?)


「咲夜!しっかりしろ!」


 俺は咲夜の左胸、心臓の辺りに手を当てて脈を測る。


 ――ドクッ……ドクッ……ドッ……


 心臓は動いてはいるが、軽く触れただけでも脈動が伝わってくるくらいに激しく動いている上に、リズムもどこかおかしい。

 明らかに正常な状態ではないだろう。


(きっと、心臓が動きすぎて息が苦しいんだ……)

 幼い頃の記憶が正しければ――だが、俺は医者ではないし、俺と咲夜の病気が同じとも限らない。

 むしろ、咲夜の病気は俺よりももっとムズカシイもののように扱われていたような気がする。

 いずれにせよ、早めに病院へ連れて行かなければ。


(き、救急車を……!)


 俺は咄嗟に辺りを見回し、外と連絡が取れそうなものを探す。

 ――が、当然そんなものは無かった。

 当たり前だ。監禁されている俺が易々やすやすと外と連絡を取れては、元も子もない。


「くそっ……!なんだってこんな時に……!」


 焦りのあまり悪態をつく俺の目に飛び込んで来たのは、テーブルの上で充電器に刺さっている、咲夜のスマホだった。


「あった……!」


 俺は瞬時にそれを手に取るが、当然スマホはロックされている。


「パスコードは……4ケタ……一万通りか……!やってられっか、くそ!」


 俺は再び悪態をつく。そして、思いつく限りのナンバーを入れていく。


「咲夜の誕生日……?確か、咲月の部屋にカレンダーがあったな……」


 俺はバイトで不在の咲月の部屋に入り、カレンダーを捲ろうとして、手を止めた。

 一番上のページ、七月の第三週に遠慮がちな赤丸がついている。傍には小さく『誕生日』という丸文字が。


(もうすぐじゃねーか……!)


「ええと、0713……違う……だよな。そんなザルパスワードなわけないよな……」


(他に何か……!咲月の誕生日!)


「……双子なんだから、同じに決まってんだろ!?」


(他!ほか、他……!)


「…………」


 我ながら自意識過剰だとは思ったが、藁にも縋る思いで自分の誕生日を入力する。


「うそだろ……」


 ――スマホのロックが、解除された。


(なんで、どうしてここまで俺のことを……!)


「くそっ……!絶対、絶対助けてやるからな!」


 俺はスマホを操作し、救急車を呼ぼうとして、ふと手を止める。


「この状況……誰かに見られたらヤバく、ないか……?」


 何せ俺は監禁されていて、ふたりが口裏を合わせたら逮捕されるのは俺。

 しかし、もし万が一、口裏を合わせずに罪を認めたら?


 ――ふたりは、逮捕されることになる。


(俺は、どうしたら……!)


「くっ……!」


 俺は苦肉の策で通話履歴を漁り、電話をコールした。

 焦る俺の気も知らず、スマホは一定のリズムでコール音を刻む。


「…………」


 額の汗が顎まで伝ったと思った矢先、電話口から声がした。


『――お姉ちゃん?ちょっと、どうしたの?私今バイト中なんだけど……』

「咲月!咲夜が、咲夜が大変なんだ!!」

『えっ。て、哲也君!?ちょ、なんでお姉ちゃんのスマホ――』

「いいから!今すぐ帰ってきてくれ!咲夜が倒れた!!」

『――っ!!』

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