第20話 その顔を見て、思い出す


「――ん……」


 カーテンの隙間から差し込む夕陽と、胸の上にかかる圧を感じて目を覚ます。


(やば……もう夕方か……!)


 いくら監禁されてやることが無いとはいえ、さすがに寝すぎた。

 俺は上体を起こして上に乗っている咲夜を揺する。


「起きろ咲夜!これじゃあナマケモノになっちまう!」

「ん~……なるならコアラがいい……」


 そういって咲夜はぎゅーっとしがみつき、再び俺の胸元に顔を埋める。

(そんだけふかふかなら、お前は十分コアラだよ……!というか、足を絡めるな!足を!)

 とは思いつつも言葉に出さず、咲夜を起こそうと揺すり続ける。


「起きろ!俺はユーカリの木じゃない!」

「ん……」

「おはよう」

「おは、よう……?」


 まだ寝ぼけているのか、ぼんやりとした表情の咲夜。

 のっそりと上体を起こし、俺の上に跨ったまま、ぼーっと俺を見つめている。


「…………」


 夕陽に照らされて色付いた頬に睫毛が影を落とし、ゆらゆらと揺れる瞳がどこか艶めかしい。

 そこには、いつもの様な無邪気な幼さは微塵も感じられなかった。


(……黙ってるとコレだからな……ほんと、タチの悪い奴…………)


 俺が黙って顔をそむけると、咲夜はゆっくりと顔を近づけてきた。


「哲也君……」

「…………」


「はぁ……」

「…………」


 うっとりとこちらを見つめたまま、徐々に荒くなる咲夜の呼吸。このまま口を付けるつもりだろうか?

 避けた方がいい――そうは思いつつも、時が止まったかのように避けられないでいる自分がいる。


「はぁ……はぁ……」


 ゆらゆらとする咲夜の動きがスロー再生のように静かに、視界に映る。

 そうしてそのまま、息がかかりそうなほどに接近してきた……


「――っ!」


 俺は思わず目を瞑る。


 ――ぽすっ……


「……!」


「……はぁ……」

「…………?」


 予想に反して、咲夜は口をつけてこなかった。代わりに胸に何かが落ちるような重みを感じて目を開けると、咲夜の頭が落下していた。


(たすかった、のか……?)


 どこかほっとしたような残念なような気持ちになっていると、再び咲夜の息遣いが聞こえてくる。


「はぁ……はぁ……うっ……」

「……さ、咲夜……?」

「はぁ……はッ――――」

「おい……」

「…………」


 返事が、無い。


「……咲夜!?――咲夜っ!」


 その異常な様子に思わず声を荒げる。

 気がつけば、胸の上に掛かる重みは朝に感じるやんわりとしたものではなく、鉛のように重たいものへと変貌していた。

 俺の上に倒れ込んだその顔色にいつものような綺麗な白さはなく、血の気が引いた青白さだけを浮かべている。

 僅かに開いた唇からは、短い呼吸音だけが不規則なリズムを刻んでいた。


「どうした!?しっかりしろ!」

「…………」


(一体どうしたんだ?さっきまで、あんなに元気だったのに!風邪をこじらせた……?にしては、顔色も様子も明らかにフツーじゃない!)


 俺は咲夜を抱き起こし、仰向けに寝かせる。

 気を失い、苦しそうに息を荒げる咲夜の意識を呼び覚まそうと、必死に呼びかけた。


「咲夜!起きろ!」

「……っ――――」


 しかし、咲夜は苦しそうに息を漏らすだけで、一向に目覚める気配がない。

 瞼がぴくぴくと揺れ、白く細い指先が細かく痙攣している。

 俺はその小さな手を握りしめて再び呼びかけた。


「咲夜っ!俺だ!哲也だよ!声、聞こえるか!?」

「――――」

「どうしたんだよ!?頼むから、目ぇ開けてくれ!」

「――――」

「俺はここにいる!聞こえてたら、手を握り返してくれ!頼むよ!てんちゃん……!」



 ――――え?



(俺は今、なんて……?)


 咄嗟に口から出た言葉に、戸惑いを隠せない。

 しかし、俺はすぐにその言葉の意味を理解した。いや――



 ――思い出した。



「なんで……なんでこんな時に……」


(俺は、サイテーだ……!)


「なんで、今なんだ!どうして、こんな顔を見て思い出すんだよ……!」

(こんな、苦しそうな顔を……!)


「ごめん……ごめん、咲夜……」

(どうして、ずっと忘れてたんだろう……こんな可愛い、綺麗な髪の色した女の子、一度見たら忘れるわけがないはずなのに……!)


 俺は、ただひたすらに謝った。


「ごめん、咲夜……ごめん。思い出したよ――俺は、ずっと昔にお前に会ってた。全部、ぜんぶ思い出した。いままで忘れてて、本当にごめん……」

「――――」

「俺は、ちゃんと謝りたい……お前の目を見て、ちゃんと……」

「――――」

「だから、だから……!お願いだから、目を開けてくれよ……天ちゃん……」


 ――咲夜は、俺が小さな頃に入院していた病院の、隣の病室にいた女の子だった。

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