第13話 北風と太陽
「助けてくれ咲月!咲夜が暴挙に出た……!」
「ん~……?」
ベッドでブランケットに包まっていた咲月が眠そうに身体を起こす。
咲夜の部屋とは異なり、水色を基調とした爽やかで落ち着いた色使いの部屋。
そんな中でも、机の上の卓上カレンダーの脇にいる様々な恰好をしたくまのキーホルダーが、女の子らしさを主張していた。
「……こんな時間に何……?って、まだ十一時前か……」
ベッドの上であくびをしながら俺を見やる。
「哲也君、どうしたの?夜這い……って感じじゃないわね?」
「そんなこと俺がするわけないだろうっ!?逆だ、逆!」
「お姉ちゃんが……?ただ甘えてるだけじゃなくて?お姉ちゃん、結構寂しんぼなのよ?」
「寂しんっ――んん!?」
(アレを見て『寂しんぼ』で済まそうってんなら、お前の目はとんだ節穴だよ!咲月!)
俺が全力で抗議しようとしていると、咲月は短く息を吐いて、両腕を広げた。
「――ん」
「ん……?」
「こっちおいでよ?お姉ちゃんに構われっぱなしで疲れてるんでしょ?話聞いてあげる。あの哲也君に頼られるなんて、嬉しいし」
「さ、咲月……!」
その思いやりに、思わず涙腺がうるっとくる。
広げられた両腕に飛び込む勇気は無いので、俺は床に腰をおろしてベッドの足に背を預けた。
「――哲也く~ん?」
ドアの向こうから咲夜の声が聞こえたが、さすがに妹相手に
ドアを開けて咲月の部屋まで入ってくる気配は無い。
俺が胸を撫でおろしていると、咲月は楽しそうにくすくすと笑った。
「ごめんね?哲也君が動物園のパンダじゃないっていうのはわかってるつもりなんだけど、いざウチにやって来ると、お姉ちゃんも私もつい嬉しくて……」
「いや、好かれてるのは嬉しいんだけど、咲夜はさすがに限度がだな……でも、咲月のとこにいると、なんか安心するよ」
「――そう?ふふ、そう言ってもらえると、なんか嬉しいね?」
咲月は機嫌良さそうに俺の頭をぽんぽん、と叩く。
「それに、今日もメシ美味かった。ありがとな」
「――っ!」
感謝を述べると、咲月は何故かため息を吐く。
「哲也君ってさ……結構タラシな素質ない?」
「――はぁん!?」
(年齢イコール彼女いない歴の俺に向かって何を言ってるんだこいつは!?逆にナメてんのか!?)
思わず語気を強めると、咲月は再びくすくす笑う。
「なーんでもない。気にしないで?それより、どう?私達との生活には慣れてきた?」
「うーん……」
思い返してみると、我ながら適応力はあるらしく、日中の生活には慣れてきていた。しかし、今のような夜の襲撃や数多の挑発行動には未だに慣れる気配がない。あと、風呂上りも。
なにせ、俺が
俺は、ある程度ぼかしながら返事をする。
「慣れてきたような、そうでないような……?」
「ふふ、相変わらずぼんやりした返事ね?」
「――もう隙だらけじゃないぞ?」
俺はそう言ってサッと身構える。
「わかってるわよ。そんなことしない。四六時中ベタベタされたら哲也君も疲れちゃうだろうし。お姉ちゃんは嬉しくて我慢できないみたいだけど、せめて私の部屋にいるときくらいはのんびりして?」
咲月は目を細めてゆったりと笑った。
その穏やかな笑みは、まるで夏の月夜のような、涼やかで、包まれるような優しい笑みだった。
「…………」
その笑顔に、俺は思わず見惚れてしまう。
「じゃあ、この膝掛け貸してあげるから、今日はここで寝たら?床で悪いけど……あ、なんならベッドでもいいのよ?…………私はね……」
俺は首を横に振り、その誘いを丁重にお断りした。
咲月は『――そう』と一言呟くと、ベッドに横になる。
そして、しばらくすると俺に向かってスッと手を伸ばした。
「ねぇ、一個だけお願いしてもいい……?」
「――ん?」
「…………手、繋いでくれるかな?少しでいいから……私、末端冷え性なの。冷房に弱くて……」
(手足を丸めるようにブランケットに包まってたのは、そのせいだったのか……)
「ああ、いいよ」
そっぽを向いた咲月の顔を見ることは出来なかったが、それくらいならお安い御用だ。
俺は床に寝そべって、ベッドの上から降ろされた手を握る。
そっと握り返されたその手はひんやりとして冷たくて、暑い夏にはぴったりの心地よさを俺に与えてくれたのだった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます