第12話 猛攻《オーバーキル》!咲夜さんは伝家の宝刀を持ち出しました。


 結局俺は、その日一日リビングでぼんやりと過ごした。


 あまりに暇すぎるのと、朝ふたりに作って喜ばれたことに味をしめて、三時くらいにパフェを作って咲夜に食べさせたことくらいしか、俺は労働らしい労働(というか活動)をしていない。

(パフェを食べる咲夜も可愛かったな……)

 にこにこと口を開けて次のスプーンを待つ、まるで小動物に餌付けしているような感覚を思い出し、無意識に口元が緩む。


 ――ハッ……


(俺は監禁犯相手に何を……)

 俺の脳内では『あれは手懐ける為の作戦』と言い張る俺と『もう可愛いならどうでもよくないか?』と思考を投げ出す俺が、しょうもない闘争を繰り広げていた。


(はー……これからどうすっかな……)

 俺が再びリビングでぼんやりしていると、買い物袋を抱えた咲月が帰ってきた。


「ただいまー」

「おかえり」

「おかえり~!遅かったね?」


 咲月の声を聞いて、咲夜も部屋から顔を出す。


「ちょっと、遠くまで買い物に行ってて……こんな時間になっちゃった。すぐ夕飯作るから」

「なんか手伝おうか?」


 俺が声を掛けると、咲月は首を横に振る。


「今日は鰻だから。手伝いなんて要らないレベル」


 その言葉に、咲夜は目を輝かせる。


「うなぎ~!?咲月どうしたの?豪華!しかも頭が付いてる大きいやつだ!なんかイイコトあったの?」

「イイコトあったのはお姉ちゃんもでしょ?ウチに哲也君来たし。本当は土用の丑の日は下旬なんだけど、月初めにバイト代入ったし、お姉ちゃんも株で一発当てたでしょ?だから、たまにはいいかなって。あと――」

「「あと……?」」


「――鰻と目が合った」


「「あ~……」」


 俺と咲夜は納得の声をあげる。


「さ、すぐできるから、ふたりとも食器だして?」

「白ごはんは~?炊き立て?」

「ふふ、予約して行ったから、炊き立て♪」

「わ~い!」


 満面の笑みで、咲夜は俺を振り返る。


「やっぱ、うなぎには白ごはんがなくちゃね?」

「だな……!」


 俺は首が千切れんばかりに全力で肯定した。

 食卓に夕飯が並び、三人そろって手を合わせる。


「「「いただきます」」」


 俺達は咲月がグリルでサッと炙り直した鰻に舌鼓を打った。


「――っ!!」

(炙るだけで、こんなに風味が変わるものなのか……!?身はふわふわで、皮目は香ばしくて……!何もかもが、俺の知ってる『家うなぎ』と違う!!)

「~~っ!!」

「……!」


「うまい……!」

「「おいしい~!!」」


 あっという間に鰻はいなくなり、テーブルには空になったサラダや煮物の器だけが残された。

 しばし鰻の余韻に浸っていた俺達だったが、食器を片付けようと咲月が椅子を立つ。

 俺もつられるようにして席を立った。


「片付けはしておくから、先に風呂入ってこいよ?」

「え……いいの?」

「ああ。正直暇すぎて、これ以上何もしないと脳が死ぬ」

「そういうことなら……お言葉に甘えていい?」


 咲月は穏やかに微笑むと、咲夜を連れて風呂に入りに行った。


「よし……」


 ――完璧な作戦だ!


(ふたりが風呂に入っている間、違う作業に集中することで俺は心頭を滅却。率先して手伝いをすることで咲月からの印象も良くなり、昨日みたいな『保険』を掛けられなくて済む、はず……!)


「ふふふ……!」


 俺はほくそ笑みながらキッチンで三人分の食器を洗った。

 それはもう丁寧に。ピッカピカのつやっつやになるまで。


「…………」

(食器……少ないな……)


 咲月の配慮が行き届いているせいか、洗い物は最低限の量だった。

 俺は再びぼんやりとリビングでテレビを見流す。日曜の夜にやってる番組には、ぶっちゃけ全然興味がない。


(スマホ……咲夜が見てる横でいいから、使わせてもらえないかな……?)

 ここまで監禁犯に心を許し、擦り寄るのもどうかとは思ったが、背に腹は代えられない。俺は再び脳内で闘争を繰り広げた。

(…………)

 しかし、議題自体がしょうもない以上、まともな結論も出てこない。俺は思わず声をあげる。


「あああ……!ここまで暇だと脳が死ぬ!」

「哲也君、ヒマしてるの?わたしと遊ぶ?」

「わっ!咲夜!」


 顔を上げると、風呂上がりの咲夜がコップを片手に立っていた。


(今日は石鹸……?いや、ただのシャンプーか?)


 よくわからないが、とにかくどうしようもないくらいに良い匂いがする。

 動揺を隠しきれない俺を、咲夜は不思議そうに覗き込んだ。


「お風呂、入らないの?」

「いい匂い……」


 ――ハッ……


 思わず口をついて感想が出てしまった俺を見て、咲夜は楽しそうに笑う。


「ふふ、今日はミントだよ?夏らしくて、ちょっと爽やかでいいよね?」


 そういって、香りを嗅がせようと首筋を俺の鼻先に近づける。


(まずい……!)

 俺は瞬時にソファーから起立して、下着を取りに行こうと咲夜の部屋へ足を向けた。


「――あ……」


 避けられた咲夜は一瞬残念そうな声を出したが、俺の背に向かって声を掛ける。


「湯船に浸かれば、哲也君も同じ香りになれるよー?」

「遠慮するー」

「スース―して、気持ち良いよー?」

「俺はいいー」

「わたしと咲月が入ったあとだよー?」

(だからムリなんだよ!!)


 俺は爽やかなミントの香りに包まれながら、心頭を滅却するかのように強めに出したシャワーに打たれた。


 風呂から上がると、リビングには『人をダメにするクッション』の上でダメになっている咲夜の姿しかなかった。


「――咲月は?」

「今日は遠出して疲れたんだって。もう寝てるよ」


 そう言われて時計を見ると、なんだかんだいってもう十時だった。

 寝るには少し早いように思ったが、咲月は昨日バイトだったにも関わらず、今日も洗濯などの家事をこなし、美味しいご飯を作ってくれた。

 それに、昨日は俺が来たことで様々なイレギュラー対応があったのだろう。

 俺も邪魔をしないように夜更かしをせず、早めに就寝することにする。


「じゃあ、俺もそろそろ寝ようかな……」


 そう思い、リビングのソファーに目を向けると、すぐ傍に無防備な体勢の咲夜が転がっていた。

 いや、家主やぬしなのだから当たり前だが。


「…………」

(俺の寝床が……)


 俺は咲夜に悟られないようにして抜き足で咲夜の部屋に向かった。

 勘付かれると『一緒に寝る』と引っ付かれて様々な挑発行動を取られる。見つからないうちに就寝し、意識を手放してしまった方がいいだろう。

 俺は昨晩同様、ベッドの端に気持ち控えめに仰向けになった。


(はぁ……今日はこのまま平和に終わるといいんだが……)


 ――な、わけがなかった。


 俺が目を閉じ、呼吸を落ち着けたと思った矢先。扉が音もなく開き、パタンと静かに閉まる。


(きた…………)


 俺は目を閉じて全力で寝たフリを決め込む。


(今日は、はむはむにも屈しない……!)


 俺の耐性は日に日に強化されている。一昨日よりは昨日、昨日よりは今日、今朝よりは今、確実に俺は強くなっている。昨夜と同じ攻撃は、俺にはもう通じない。

 ごそごそという音が聞こえていたかと思うと、足元が沈んで、ベッドが軋んだ。

 ギシギシというその音が、今日はやけに大きく聞こえる。


「ねぇ、哲也君。もう寝ちゃったの……?」


 ――キタ。咲夜の声だ。


 こうなることは想定済みだ。俺は目を固く瞑る。

 見なければ、なんの問題も無い。感触に対する耐性ならそれなりに付いている。


「ねぇってば……」

「…………」

「見て見て?」


(何を……?)


 ――嫌な予感しかしない。絶対に、目を開けない方がいいだろう。


「…………」

「ほらほら、可愛くない?」

「…………」

「ねぇーえ?」


 ――わしゃわしゃ……


「――っ!?」


 不意に頬と鼻先を撫でた得体の知れないこそばゆさに、思わず目を開けて上体を起こす。


「くすぐったぁッ……!?なにすん――!?」


 すると、そこには透け透けのセクシー衣装を身に纏った咲夜が四つん這いで迫ってきていた。


「――っ!」


(やっぱり……!昼間に届いた荷物はコレか!目を開けるんじゃなかった……!)


 だが、気付いた時にはもう遅い。

 俺の視線は、ヒラヒラとしたワンピース調のベビードール、そして、その下に透ける下着か紐かわからないモノに釘付けだった。

 細い腰の両脇にちょこんと揺れるリボンが大変愛らしい。


「――どうかな?昨日一緒に買ったやつ」


(俺はそんなモノ買った記憶は無い!!……が、この状況はさすがにマズイ……!)


 ――咲夜は、二日目にして伝家の宝刀エクスカリバーを持ち出してきた。


(黒の紐T、だと……?そんな、エクスカリバーみたいな最強装備を何故俺に……!)


 なにせ俺は未経験も甚だしい、レベルでいったら序盤のゴブリン……いや、スライム以下の存在だ。

 そんな俺にここまでする理由がわからない。有り体に言えばオーバーキル。

 俺の思考は一切を停止した。


「ね、似合う?」


(そりゃ似合ってますよ!?流れる銀髪、白い肌と、黒い下着のコントラストが大層美しい!!)


 俺の脳内議会は混乱を極め、言語に支障をきたし始める。


 そんなこと気にせず、咲夜はランジェリーだかベビードールだかわからないヒラヒラの裾を広げてじりじりと近寄って来る。

 膝が一歩前に進むたびにふわりと香る甘い匂い。これは、女子特有の匂いというやつなのだろうか。


(今日は爽やかミントだったんじゃないのかよ!?なんなんだ、この甘い香りは!?)


「手触りがいい素材なんだよ?サラサラしてて、夏にはぴったりだよね?」


 思わず、その手触りを想像してしまう。


「ちょっと、そういうのやめてもらえません!?」


 わけもわからず敬語でうろたえる俺。

 その様子に、咲夜は不満そうに首を傾げる。


「えー、どうして?せっかく可愛い服買ったんだから、好きな人に見て欲しいの、わからないかなぁ?」

「それは服じゃないからな!?下着だからな!?要所を隠す目的のものだぞ!?見せてどうするんだ!」

「可愛いんだから、どっちだってよくない?それに、哲也君以外には見せないし」

「うっ……」


(『俺にしか見せない』だって!?そんな殺し文句を言ったって……効くわけが……!)


 ――ぶっちゃけ、効果は抜群だ。


「ねぇねぇ、感想聞かせてよ?気に入ってくれた?次はどんなの買えばいい?」


 尚も迫る咲夜。

 その視覚的破壊力は、まさに最終兵器リーサルウェポン


(勝てっこない……!こんなの、相手にした時点で負けだ……!)


 俺は堪らずベッドを降りて、鎖が絡まるのも気にせず駆け出した。

 無人のリビングを通過して隣の部屋に飛び込み、鎖を挟んで戸を閉める。


「はぁ……咲月!助けてくれ!」

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