第11話 ドキドキしたら、思い出して?
食後のデザートを食べ終えた咲夜は、満足そうに口元をぺろりと舐めると席を立った。
「じゃあ、わたしは大学のレポート書いてくるね。哲也君はその間、リビングにでもいてくれるかな?」
「それって、ひょっとして俺の……?」
「うん、ふたり分。でも気にしないで?わたしがしたくてやってることだから。それに、こう見えてわたし勉強は得意なんだよ?」
そう言って、ふふ、とドヤ顔をして見せる。
そして、キッチンの流しに食器を片付けると自室へと戻っていった。
いくら監禁されているとはいえ、自分の課題をさせることに少し抵抗があった俺は、キッチンで洗い物をしている咲月に声を掛ける。
「咲月……その、こんなに任せっきりでいいのか?咲夜は俺の為に無理をしてるんじゃ……?」
俺の問いに、咲月はなんでもない、といった風に笑ってみせた。
「ふふ、哲也君てほんとにお人よしなのね?うちは分業制なところがあるから、お姉ちゃんなら大丈夫よ」
「分業制?」
「うん。家事全般は私の担当。資産運用っていうか……家計のやり繰りとか、大学の課題とかはお姉ちゃんの担当。私も発表とかがあって自分でした方がいいもの以外はお姉ちゃんにやってもらうことも多いし。今更一人分増えたところで、お姉ちゃんには朝飯前よ?あ――今は朝飯後だけどね?」
口元に手を当てて、ふふ、と笑う咲月。
その、ちょっと冗談めかした笑い方は、どこか大人びた咲月にしてはめずらしい、なんとも女の子らしくて可愛い笑い方だった。
「そんなことより――」
洗い物が終わった咲月はキッチンから出てくると、不意に俺の腕を引っ張ってソファの前に置いてある『人をダメにするクッション』に身体を埋める。
人ひとり、やりようによっては二人の人間が埋まるくらいのデカさがあるそのクッションは、ぐんにゃりとした体にフィットする素材でできており、埋まるととても気持ちがいい。
咲月は自分と俺をそのクッションに埋めると、俺の左腕にひっついて笑顔を向けてきた。
「私とも、少し話さない?」
「え――」
昨晩咲月に『不意打ちぺろり』を喰らった俺は、警戒して思わず身体を硬直させる。
その様子に、咲月は不満そうに頬を膨らませた。
「なに警戒してるの?別に、監禁してるからって取って食おうなんて思ってないわよ?」
(ほんとか……?)
「あ、信じてないでしょ?私に哲也君をどうこうできる力なんて無いの、見ればわかるでしょ?」
「そ、それならいいんだが……」
昨日の今日で若干疑わしい感は否めなかったが、真っ白で細い二の腕にわざとらしく(なんとも控えめな)力こぶを作る咲月のペースに流されて、つい納得させられてしまう。
咲月は俺に寄り添うようにしてクッションに埋まると、不思議そうな表情で俺を見上げてきた。
「それにしても、さっきは驚いたわ。あんな呪文、お姉ちゃん以外に言える人初めて見た。お姉ちゃんは小さい頃に大事な友達に教わったって言ってたけど……哲也君はどこで覚えたの?」
「それが、俺にもわからなくて……ひょっとすると、俺も記憶にない程小さな頃に覚えたのかもしれないな?物心つく前って、不思議となんでも覚えられたりするだろ?」
「あ、それわかるかも。私も小っちゃい頃好きだったモンスターがいっぱい出てくるゲーム、いまだに151匹言えるし」
「甘いな。俺は300以上言える」
「うそ、すご……いや、待って。お姉ちゃんは多分400以上言える……!」
「「…………」」
――プッ……
俺達は思わず同時に吹き出した。
「そんなことで張り合う必要ない、な……!いったい何と戦ってんだ、俺らは……」
「う、うん……!」
くすくすと可笑しそうにする咲月。しかし何を思ったか、不意に俺の手を握ってきた。
「――哲也君、あのね。私は哲也君に……昨日とか、今日の日の出来事、忘れないでいて欲しいの」
「そりゃあ、監禁された日のことなんて一生忘れられる訳がないけど……急にどうしたんだ?」
俺が首を傾げると、咲月はさっきまでの雰囲気とは一変して、蠱惑的な笑みを浮かべる。
そして、俺の左半身にもたれかかるようにして身体を預けてきた。
「ねぇ、大人になってから、思い出を忘れないようにする方法って、知ってる……?」
「…………」
咲月はそういって、うっとりとした表情のまま、俺の心臓のあたりに耳を当てる。
「――ドキドキしてるでしょ?」
「いや、まぁ、そうなるな……」
「昨日のこと、怒ってる?」
「それは……」
(監禁したことか?いや、この場合はぺろりのことか?)
とは思いつつも、気恥ずかしくて言い淀む。
そんな俺に、咲月はいたずらっぽく笑いかけた。
「――ふふ、まんざらでもなかった?」
(くそ、わかっててやったのか?こいつも大概油断できない……)
「…………」
黙っていると、咲月は俺の心臓の辺りを手で優しく擦る。
「哲也君さ、実はお姉ちゃんの顔、好みでしょ?見てればわかるよ。あ、ひょっとして
「――はっ!?」
(そりゃ、睫毛は長いし目は大きいし人形みたいに整ってて超可愛いし美人、だとは思うが……急に何を……)
「――ほら。心臓、早くなった」
動揺する俺を、楽しそうに眺める咲月。
(完全に遊んでやがる……)
不貞腐れつつも、律義な俺は返事する。
「そりゃ美人だとは思うが、咲月だってよく似た顔してるじゃないか。双子なんだし」
「…………」
「嘘言ってると思うなら、俺の心臓に聞いてみればどーだ?」
ヤケになってまくしたてると、咲月は俯いて黙ってしまった。
少しして、咲月は俺の胸元に顔をうずめる。
「ふふ、嘘じゃないね……」
(まさか本当にやるとは……言うんじゃなかった……)
後悔する俺をよそに、咲月は一層身体を密着させて、ゆっくりと口を開いた。
「さっき言った、大人になってから思い出を忘れないようにする方法はね……身体で覚えることだよ?」
「…………」
「さっきからドキドキしてる、この鼓動が聞こえるたびに、哲也君は私達を思い出す。この感触を、昨日のことを、私達と過ごす日々の、思い出を……」
「思い出……」
「ドキドキしたら、思い出してね?そうなるように、いっぱいドキドキさせるから」
そういって、ふふ、といたずらっぽい笑みを浮かべる。
(やっぱり――俺は大事な何かを忘れているのか?もしかすると、咲月はそれを指摘している?)
「咲月――」
言いかけると、咲月は不意に立ち上がって部屋を出ていこうとする。
「じゃあ、私は買い物に出かけてくるから、お姉ちゃんと仲良くね?」
「あ、待ってって。おい――」
「――そうだ。夕飯のおかず、何がいい?ちなみにお昼は冷やし中華よ?」
「じゃあ、麺と中華以外で……」
咲月のテンポに流されて、再び律義に返事をしてしまう俺。
「りょーかい♪」
爽やかな笑顔でそう答えた咲月は、小気味よくポニテを揺らして出て行ってしまった。
(結局、聞けなかった……)
俺は、ひとり残されたリビングで思索にふける。
(俺はおそらく、ふたりに会ったことがある。だが、いつ会ったのか、どこで会ったのか、最近なのか、昔なのか、まったく思い出せない……)
俺の脳裏に浮かんだのは、懐かしい咲夜の歌声と、仲睦まじい双子の姿。そして、何故か歌える魔法の呪文。
(あんな難解な歌が歌えるんだ、きっと小さい頃なんだと思う……だが、俺がふたりとは全く関係のないきっかけで歌を覚えている可能性もゼロじゃない。それこそ、幼稚園のお遊戯会とかな……)
幼い頃からぼんやりし気味だった俺は、正直幼稚園の頃の記憶なんて、先生が可愛くて弁当がまずかった、くらいしか覚えていない。
(ヒント……何かヒントは無いのか?)
そう思って部屋を見回すが、咲月によって綺麗に片づけられたリビングには、ソファーにくまが二匹座っていることと、食器棚のカップがどれも色違いだったりしてお揃いに揃えてあることくらいしかこれといった特徴がない。
この家は、俺が監禁されている事以外は、いたってフツーの女の子の部屋(女子の部屋に呼ばれたことは無いので、あくまで推測だが)だった。
俺がぼんやりと部屋を見回していると、不意にインターホンのベルが鳴る。
――ピーンポーン
「は~い」
ドタドタという足音が聞こえたかと思うと、咲夜がひょっこりとリビングに顔を出した。
「――出てきちゃダメだよ?哲也君」
「あ、ああ……」
俺に念を押し、テーブル上の小物入れから判子を取り出して玄関へと向かう。
(あれ……?ひょっとして、今の逃げるチャンスだったのか?)
気付いたところで、時すでに遅し。
駆け足で帰ってきた咲夜が手に持っていたのは、小さめの段ボール箱だった。
「咲夜、何が届いたんだ?」
正直双子に構ってもらえないと暇すぎる俺は、監禁されているという緊張感などもう忘れて声を掛ける。
すると、咲夜はいかにも楽しそうな、それでいて少しいじわるな笑みを浮かべて呟いた。
「――ふふふ、内緒。夜になってのお楽しみだよ……?」
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