第10話 朝起きると、やはり俺の上に美少女が乗っていた


「うっ……あつ……」


 胸の上にかかる重みとあたたかさにうなされ、俺は目を覚ます。

 ――と、やはり俺の上に美少女が乗っていた。


「――……」


 カーテンの隙間から零れる陽光と扇風機の風を受けてさらさらと揺れる銀糸の髪。俺の胸の上で波を描くように揺れるその髪が、くすぐったい。

 少女のもの、とは到底呼べない破壊力を持った胸のふんわりとした感触と、髪や身体から漂うバニラのような甘い香り。

 俺の左胸辺りに顔をうずめて、心地よさそうに寝息を立てるこいつは……


「――またかよ、咲夜……」


 俺はその真っ白な両脇をそっと抱えるようにして上からどかし、起こさないように横に寝かせる。


(にしても、結局徹夜もせずにフツーに寝てしまった。昨日昼寝までしてたのに……)


 俺はどうやら、思った以上に無神経な男らしい。

 いくら日中に起こった出来事に心と体が疲れ切っていたとはいえ、美少女と同じシングルベッドに肩をくっつけて寝ていたというのに、この体たらく。


「はぁ……」


 俺は咲夜が起きだして面倒(かつ刺激的)なことになる前に部屋を出てリビングに足を踏み入れる。

 すると、ちょうど起きてきた咲月と目があった。


「おはよう、哲也君」

「おはよう」

「よく寝れた?お姉ちゃん、ふかふかで抱っこすると気持ちいいでしょ?」


(知ってる……)


 とは思ったが、これは咲月からの牽制球かもしれない。俺は慎重に返事する。


「そんなの、俺が知るわけないだろ?朝からお姉ちゃんマウントを取るのはやめろ。羨ましい……」

「そう。残念ね?あんなに気持ちのいいものを知らないなんて」

「…………」


 どうやら、俺の返事は百点満点だったようだ。ふふ、と楽しそうに笑う咲月。

 咲月はポケットから取り出したヘアゴムで髪をポニテに纏めながらキッチンに入る。


「朝ごはんどうする?候補はドーナツ、フレンチトースト、シリアル、たまご蒸しパン……」

「甘いもんばっかじゃないか」

「そうだけど……」


 『それが何か?』といった表情を浮かべる咲月。

 いくら女子が甘いもの好きと言っても、連日朝からでは俺の身がもたない。俺は咲月に提案する。


「咲月。その……朝メシ、俺が作ったらダメか?」

「えっ……哲也君が?」


 驚いたように目を丸くする咲月。


「俺ん家は両親共働きだったんだ。こう見えて実家では親父に習ってメシ作ってたし、ひとり暮らしもしてた。そこそこいける方、だと思う……」


 俺がそう言うと、咲月は何を思ったか自室に戻り、スタンガンを持って帰ってきた。

 まるでスマホでも振るみたいにそれをしゃかしゃかと振ると、照れ臭そうに口を開く。


「包丁使わない料理ならいいわよ……?いや、むしろ作って?哲也君の手料理、食べてみたい……」

「…………」


(すげー物騒なおねだりだな……)


「――わかった。キッチンと食材借りるぞ?」


 俺は鎖を引き摺ってキッチンに入ると冷蔵庫を開き、卵と溶けるチーズ、チューブのバターを取り出した。

 洗い終わって干してあったフライパンをIHにかけると、スイッチを入れる。


「……オムレツ?」

「そう。チーズ入りのやつ」

「あ、菜箸ならここ……小さめのナイフなら使ってもいいけど?」

「いや、ナイフはいいよ。けど、出したんならそこ置いといてくれ。菜箸は要る」


 咲月は興味深そうに俺の隣に立つと、横から菜箸とボウルを差し出した。

 俺はそれを受け取ってボウルに三人分の卵を割り入れる。


「へぇ……思ったより器用じゃない」

「だろ?」


 俺はドヤ顔をしながらフライパンの卵をかき混ぜてならし、ちょうどいい頃合いでチーズを投入する。


「わぁ……」

「いい匂い……」


 匂いにつられた咲夜が、部屋からのっそりと起きてきた。


「あ。おはよう、お姉ちゃん」

「おはよ…………」


 昨夜のテンションはどこにいったのか、低血圧丸出しで挨拶を返す咲夜。


「歯と顔、洗ってきなよ?」

「うん…………」


 促されるままに、咲夜は洗面所へとぼとぼと歩いていった。


「よし、できた」


 俺はちゃっちゃと三人分のオムレツを作り、皿にのせていく。


「最初に作ったやつはもう冷めかけてるから、俺の分はそれでいい」

「え、いいの?」

「出来たてが一番美味いだろ?」

「だから、それだと哲也君の分は――」

「せっかくひとの分もメシ作ったんだ。どうせなら、一番いいのを食べて貰いたいもんだろ?咲月はそうじゃないのか?」

「――っ!」


 咲月は再び驚いたように目を丸くする。

 びくり、と肩が動いた拍子にポニテがまるで生き物みたいに揺れた。

 咲月はまだあたたかいオムレツを受け取ると、飲み物と一緒にテーブルに並べていく。

 そして、俺をちらりと見やると、何故か悔しそうに呟いた。


「……よくわかってるじゃない……合格よ……」

「はは、そりゃ光栄」


 席に着こうとする俺達の元に、あくびをしながら咲夜が戻ってきた。

 『ほんとに顔洗ったのか?』と思わずツッコミたくなる寝ぼけた顔。


「咲夜、おはよう。お前、ちゃんと起きてんのか?」

「おはよ……朝から哲也君が見れるなんて、まだ夢見てるみたいだね……」

「お姉ちゃん、今日はなんと、その哲也君の手づくり朝ごはんよ?」

「え――」


 咲夜はバッと目を見開き、一気に覚醒した。


「えっ!?これ?このいい匂い!?哲也君の手料理!?うそでしょ!?夢なの!?」

「ほんとだけど……」


 俺がおずおずと口を開くと、咲夜は凄い勢いで席に着いた。

 そして、ナイフとフォークを両手に息を荒げる。


「はぁ……はぁ……哲也君の……手料理……」

「…………」


 二重の意味で今にもよだれを垂らしそうなその口元に、咲月がティッシュを当てる。


「お姉ちゃん、歯磨き粉ちょっとついてる」

「――んっ……」


(子どもかよ……)

 俺は思わず口元を綻ばせながら手を合わせた。


「「「いただきます」」」


「ん~!!」

「――わ。美味しい……」

「ふふん」


 俺達は三者三様、思い思いに朝食を口に運ぶ。

 咲夜も咲月もあつあつのチーズ入りなところが特に気に入ったようで、小さな口からチーズがたらりと糸を引くのも気にせずに、俺の特製オムレツを綺麗に残さず平らげた。


(まさか、オムレツ如きでこんなに喜んでくれるとは思わなかったな……)


 すべての皿が空になった後、咲月が不意に咲夜に話しかける。


「お姉ちゃん、甘いものじゃなくて良かったの?」

「哲也君の手料理なら、話は別です。別腹です」


 さも満足そうにほっぺたをさする咲夜。

 俺もそのことは気になっていたので口を挟む。


「やっぱ甘いものの方がよかったか……?ふたりはいつも甘いものを?」

「うーん。別に甘くないといけないわけじゃないけど、昔からそうだったから。その方が頭が働くからって……ね?」

「うん。単なる好みの問題もあるけどね?でも――」


 咲夜は言かけると、俺をうっとりと見つめて微笑んだ。


「どんなスイーツよりも、脳みそがとろけるかと思ったよ……?」


(…………)


 こういう時の表情は子どもに見えないから、咲夜ってやつはタチが悪い。


「喜んでくれたならよかったよ……」


 俺は視線を逸らして早々に席を立つと、ふとあることを思いついて咲月に声を掛ける。


「――そうだ。咲月、冷凍庫にアイスってまだあるか?腹に余裕があるならデザート作るけど……」


「「食べる!!」」


 ふたり揃って、いい返事。


 俺は冷凍庫から価格の低めなアイスをチョイスするとまな板の上にそっと出し、さっき冷蔵庫で見つけたオレオクッキーとピーナッツバター、チョコクランチを刻んでさっと混ぜていく。

 手際よく調理していると、ふたりが揃ってカウンターから顔を出した。


「あ。それってもしかして……」

「ゴールドストーンのアイスクリームだ!前に咲月と行ったことあるよね?歌うやつ」

「コールドね?」


 咲夜が発したまるでレアアイテムみたいな名前を訂正する咲月。


「お、知ってたか。少し前に働いてたとこと同じフロアにこの店が入っててさ……」

「「大好き~。美味しいよね?」」


 ふふ、と嬉しそうに顔を合わせる双子。

 そして、咲夜は突如として機嫌よく歌いだす。


「ハイホー♪ハイホー♪しごーとが好き~♪」

「仕事はキライだから別の曲で」


 俺がお抱えジュークボックスに注文をつけると咲夜はすぐに歌い直す。


「ハイホー♪ハイホー♪てつーやくんが好き~?」

「語呂わる……なんか恥ずいから、別の」


 注文の多い俺がケチをつけると、咲夜は気を取り直して別の歌を歌いだした。

 ――否。呪文の詠唱を始めた。


「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス♪どんな時にも忘れないでどうぞ~♪」


(この曲はたしか……メリー・ポピンズとかいう魔法使いの映画の、だったか?)


 耳にすることはあっても中々口にはできないその歌詞を、咲夜はこともなげに謳いあげていた。

 その楽しげな旋律に、聞いているこちらまでうきうきとしてきてしまう。咲月は隣で『私はむりー』とか言いながら笑っていた。


(それにしても、よくスラスラ言えるな、あんな難解な呪文を……)


「~~♪」


 とは思いつつも、ついついつられて俺も鼻歌を口遊む。


「望みを叶えて下さる言葉~♪」

「「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス♪」」


(あれ……?)


 ふたりで歌っていたら、アイスが完成した。

 咲月が感心したような表情でこちらを見つめている。


「すごい。哲也君も言えるんだ、あの呪文」

「いや、俺は……」

「そんな謙遜しなくてもいいのに。歌、結構上手なのね?」

「う、歌えてたのか……?」

「うん、バッチリ。どこかで覚えたの?」

「いや……」


 そんなことを言われても、俺はまったく覚えがなかった。

 いくらアイス屋が同じフロアに入っていたとはいえ、こんな呪文を言えるようになるまで店員たちの歌に真剣に耳を傾けたことはない。


(何で言えるんだ……?)


「早く食べないと溶けちゃうよ~?」


 咲夜はできたアイスが入ったデザートカップを持ってリビングの椅子に腰掛ける。


「ああ……」


 俺はどこか釈然としない気持ちを抱えたまま、冷たいアイスを口に運んだ。

 キンキンと冷える頭に、何かがひっかかる。


(俺は、どこでこの歌を覚えたんだ?それに、さっき咲夜が口遊んだあの歌声……初めて聞いた気がしない……)


「あ~起き抜けの頭に糖分が染み渡るね~?」

「ほんと。美味しい……」


 俺とは対照的に、満足そうにアイスをザクザクと頬張るふたり。

 その仲睦まじいふたりの様子にやはり既視感を覚えて、ある一つの可能性が俺の頭をよぎる。


(ひょっとして俺は……このふたりに会ったことがある、のか……?)

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