第8話 無防備な双子は風呂から上がるだけで攻撃力が1000あがる
咲夜が美味しそうに夕飯を頬張る姿を横目に、俺はテレビなどを見てぼんやりと過ごす。
夜十時。ニュース番組がここ数日の出来事をハイライトで伝える中、都内の男子大学生が行方不明になった事件など、どんなローカルな局でも放送していなかった。
(当たり前か……俺、知り合い少ないし……)
どこか残念なようなホッとしたような気持ちになっていると、ふたりに声を掛けられる。
「じゃあ、私達お風呂入ってくるから。心配ないとは思うけど、覗かないでよ?」
「哲也君も一緒に入るー?」
「はっ!?」
「お姉ちゃん!?そういうのはダメだからね!私はイヤよ!?お姉ちゃんは、もっと自分を大事にして!?」
(ついさっきキスしたくせに、それはダメなのか……?)
咲月の『恥ずい』の基準もよくわからない。
俺はソファーに埋もれながら手を振った。
「心配すんな。そんな勇気ないから」
「なら、いいけど……さ、行こう?お姉ちゃん」
「はーい。今日は何にする?泡?」
「あ、それならバイト先で先輩にいい香りのやつ貰ったから、それにしよ?」
「わーい。何なに?」
「バニラだって」
「バニラ好き~♪」
ふたりは今日入れる入浴剤の話題で盛り上がりながら風呂場に向かう。
「…………」
(さも当たり前のようにふたりで去っていったが、姉妹だと風呂は一緒に入るのが当たり前なのか?それとも双子だから?仲良しだから?)
美少女がふたりして同じ浴槽(ひょっとすると泡風呂)で戯れる姿を想像し、俺はリビングでひとり悶々としていた。
廊下の奥から聞こえるシャワーの音がやけに生々しい。
俺が音量を大きめにして特に興味のないドラマをしばらく見流していると、風呂場のドアが開き、ぺたぺたという足音が聞こえてきた。
「はぁ~、あっつー。何にしようかなー?」
咲夜の声だ。
「なんだ、もうあがったのか。思ったより早かっ――ッ!?」
声のした方に視線を向けると、パンツとブラジャー姿にバスタオルを羽織っただけの咲夜が冷蔵庫を漁っていた。
「――っ!」
俺は咄嗟に顔をテレビの方へ戻す。ここ数時間の間に反射神経はかなり良くなったと思うのだが、それでも見えるもんは見えてしまった。
(白のレース……)
気まずさ全開の俺の気も知らず、咲夜が顔を覗き込んでくる。
一応気を遣っているのか、バスタオルをくるりと纏って身体を隠してはいるが、太腿から下はどうしようもないくらいに露出している。
むしろ、その見えそうで見えない感じがひどく俺を刺激した。
俺はあからさまに視線を逸らす。咲夜は不思議そうに更に顔を覗き込んできた。
「哲也君は、何味が好き?」
(あ、味っ!?)
「味って、なんの……?」
咲夜に視線を戻すと、かがんだ姿勢の髪からぽたり、と水滴が落ちるのが見えた。
雫は咲夜の白い肌をなぞって鎖骨を辿り、深い胸の谷間に吸い込まれていく。
「そ、そんなことより!咲夜っ!頼むから服着てくれ!」
「えっ?ちゃんと隠してるよ?」
「全然隠れてない!!」
(大事なところ以外は全然なんにも隠れてないから!)
俺が再び悶々としていると、奥から咲月の声が聞こえてきた。
「もー!お姉ちゃん全然髪乾いてないじゃん!乾かしてあげるから、アイスは後にしてよ!」
「ごめ~ん」
咲月に呼ばれた咲夜はぺたぺたと声の方に駆けて行った。
横を通り過ぎる際に、シャンプーのいい香りがふわり、と届く。
(た、助かった……)
俺は決して振り返らないように注意しながら、テレビを食い入るように見つめた。
「お姉ちゃん!またそんな恰好で……!風邪ひいたらどうするの?はい、着替え」
リビングの入り口付近から、咲月の呆れ声が聞こえてくる。
(そうだそうだ!咲月、もっと言え!)
「――って、こぼれてるし……」
(……何が?)
「え、ごめん。今お茶飲んでるから、咲月直して?」
「もー……ほら、直ったよ。って、また大きくなったの?」
(……もしかして……)
「そうかな?わかんないや。最近下着屋さん行って測ってもらってないし……」
「じゃあ、今度一緒に新しいの買いに行こう?ほら、重みでワイヤー歪んでんじゃん……」
「ひゃっ、はは……!咲月、くすぐったい!」
「…………」
(やっぱり、胸か……)
どうせそんなことだろうとは思ったが、風呂上がりの奴らの会話はさっきまでとは明らかに何かが違かった。
――そう。攻撃力が軽く1000はあがっている。
そのパワー、スピード、テクニック。全てにおいて先程までの実力を遥かに凌駕していた。
つまり何が言いたいのかというと、視覚、嗅覚、聴覚、ありとあらゆるところから入ってくる情報の破壊力がヤバイということだ。
「くっ……」
奴らが活動し、その一挙一動が視界にちらつく限り、覚えたばかりの俺の『猫の呪文』などでは到底太刀打ちできない。こんなの、もしふたりに本気を出されたら俺はいったいどうなってしまうのだろうか。
(いっそ殺せ……)
俺がソファーにうずくまって脳内で『くっ殺』していると、不意に咲月に声を掛けられる。
「――哲也君」
顔を上げると、そこには着替え終わった咲月が立っていた。
就寝用の部屋着なのだろうか、ダボダボというよりズルズルに胸元が開いた薄手のノースリーブに、パンツとさして変わらないような短さのショートパンツ。体育座りしたら絶対に中が見えるやつだ。
(俺は……この程度の攻撃に、屈しない……!)
俺が顔をキリリとさせていると、バスタオルをぽん、と手渡される。
「お風呂あいたから入ってきなよ?扉少し空けて、そこから鎖出せばいいから」
(…………)
「わ、わかった……」
「場所わかる?――こっち」
「ああ……」
俺は促されるままに風呂場へ向かう。
シャワーなどの使い方を一通り説明され、服を脱いで(下はまだ改造済でないものだったので、チョキチョキするようにハサミを手渡された)浴室に入ると、バニラのいい香りが広がっていた。
(うっ……なんか落ち着かない……)
当然だが、その浴槽の泡風呂はさっきまでふたりが入っていたものだ。そこに入る勇気は俺にはまだ無かった。
シャワーを出して熱い湯を浴びると、身体の力が一気に抜けていった。
「はぁああ……やっぱ風呂ってすげぇよ……」
俺が至福の時間に浸っていると、不意に浴室の扉の前に人影が現れる。
「湯加減どうですかー?」
咲夜は俺に一声かけると、扉の前に座り込む。
「ちょ、覗くなよ?男でも、恥ずかしいもんは恥ずかしいんだからな?」
「覗きませんよ~?キミの嫌がることはしません。なるべく」
「なるべく……って、何しに来たんだ?」
浴室内から問いかけると、咲夜はドヤ声で答える。
「監視です♪」
「監視?」
「そう。逃げないようにね?お風呂場には一応、外に繋がる口があるから」
「…………」
そう言われて天井を見上げると、そこには通気口があった。確かに少し大きめだが、どう考えてもここからでは出られない気がする。
「いや、これじゃあムリだろ?」
「そこから外に助けを求める可能性もゼロじゃない」
(なるほど……)
「そんなこと、俺にわざわざ教えていいのか?」
「いいよ?どうせ無駄だってわかってもらえれば、それで」
(大した自信だな……)
「もし俺が声をあげたら、どうするんだ?」
もはや逃げる気があまりない俺だったが、参考のために聞いておく。
俺の問いに、咲夜はうんちくを垂れるようにつらつらと話し始めた。
「もしキミが声をあげたら、その声を掻き消すようにわたしが大声をあげる。『きゃ~助けてください~!』って。そして、それを合図に咲月はスイッチひとつでキミの足枷を外して、鎖ごと回収。私は服を脱いでキミを押さえつける。キミが逃げようとするなら、当然わたしと揉みあいになる」
「何故服を脱ぐ?」
「――考えてごらん?声を聞いた助けがこの部屋へとやって来る頃。そこには風呂場で全裸の男女が一組。わたしの力ではキミに適わないだろうから、わたしは組み付されているだろうね?そして、助けに来た人がこの部屋の奥で見つけるのは、鎖に繋がれた咲月だ」
「…………」
「仮に、わたし達のどちらか一方が出かけている時に助けを求めようとした場合でも、結果は変わらない。鎖に繋がれたキミを発見されたところで、『そういうプレイを強要されました』『片割れの命が惜しければ金を稼ぎに行けと言われた』と口裏を合わせれば――」
「…………」
「――さぁ。逮捕されるのは、どっちかな?」
そんなこと、考えるまでも無い。
――俺だ。
風呂場には湯気が満ちていたのに、俺の背筋は凍り付いた。
(相変わらず、見事なやり口だ……)
咲夜と咲月。いったいどっちがその作戦を考えているのかはわからない。
だが、その作戦を聞けば、俺の抵抗する気は一切合切消え失せた。
俺は観念して風呂場の中で両手をあげる。
「参った。ここから助けを求めようなんて、しない」
「ふふ。物分かりがよくて、大変けっこう」
咲夜の嬉しそうな声。
その後、俺が黙って身体を洗っていると、外から咲月の声が聞こえた。
「お姉ちゃん、哲也君大丈夫そう?」
機嫌良さそうに返事をする咲夜。
「だ~いじょぶ!哲也君はわたし達の予想を遥かに超えるいい子だよ!さっすが!」
「そう。ならいいけど、今後何があるかわからないし、一応……」
(……?)
疑問に思っていると、不意に扉の隙間からスマホがぬるりと入ってきて、フラッシュが光った。
(――っ!?)
「な、何すんだ!咲月!」
声を荒げる俺に、咲月は飄々とした態度で答える。
「何って、保険よ、保険」
「――保険?」
「そう。万一逃げようとしてみなさい?そうしたら、哲也君の『誰の目にも触れたことのないお宝』をネットの海に御開帳するだけよ?」
「…………」
「まぁ、哲也君に逃げる気はそんなに無いみたいだけど」
「ああ、そうだよ。だから、その写真は消してくれ。今すぐに」
「それだと、保険の意味が無いじゃない?」
よくもまぁ、いけしゃあしゃあと。
今日一日をこいつらと過ごして思ったが、仮に主犯が咲夜だったとしても、どうやら監禁犯としてのレベルは咲月の方が一枚も二枚も
色々と諦めた俺は、黙って風呂を出る。
「きゃあ!ちょ!出るなら言ってよ!」
「わ~哲也君、意外とダイタン?」
「お姉ちゃん!ほら、あっち行こう!」
「え~?どうせ夜は見――」
「お姉ちゃん!?」
賑やかな、双子の声が去っていく。俺はただただ、ため息をついた。
「はぁ……」
(俺はこれから、あんなのに慣れないといけないっていうのか……?)
「ムリゲー過ぎるだろ……」
咲月が用意した、足枷をしたままでも着脱可能な『改造部屋着』に着替え、俺はリビングへ戻った。
部屋に入るなり、にこにことした咲夜に手招きをされる。
「哲也君!こっちこっち!」
「――ん?」
促されるままにソファーの隣に腰を下ろすと、冷たい感触が頬にひやり、と当たる。
「つめたっ……!?」
「えへへ。どっちがいい?」
差し出されたのは、ハーゲンダッツのアイスクリーム。
よく見ると、咲夜の隣で、咲月がクッキーアンドクリームをちびちびと舐めている。
「――選んでいいのか?」
俺の問いに、咲夜は満面の笑みで答えた。
「うん!大事なお客さんだからね!」
「…………」
獲物の間違いでは?とは思ったが、その咲夜の顔を見ていると、逃げる気どころか、もうツッコむ気さえ失せてくる。
「じゃあ、お言葉に甘えて――」
俺はチョコレートを手に取ってカップを開けた。
「じゃあわたしはコレね!」
咲夜もいそいそとマカダミアナッツの蓋を開ける。
「お姉ちゃん、そっち一口ちょーだい」
「いいよ~ちょっと待って……」
咲月は咲夜の方へ身を乗り出して口を開けている。
(ほんと、仲いいんだな……)
その光景に、囚われの身であることを忘れてほっこりしていると、ふたりが急に声をあげた。
「「――あ……」」
声の方を見ると、空のスプーンを手にした咲月の胸元に、アイスが零れていた。
「あ~あ。子どもかよ……」
俺は呆れた声を出す。
お返しに咲月のアイスを貰おうとしていたのか、口を半開きにしていた咲夜はさも残念というように眉を下げる。
「あー……一番おいしいクッキーの部分が……」
「待って、今ティッシュ――」
咲月が立ち上がろうとした――次の瞬間。
――ぺろり。
咲夜が、咲月の胸元を舐めた。
「ちょっ……!お姉ちゃん!?哲也君もいるのよ!?」
――ぺろぺろ。
「やっ……!お姉ちゃ……!お行儀――!」
「らって、こほがいひばんおいひ……」
――ぺろぺろ。
「あはは!ちょっ、くすぐった……!やめ……!」
(…………)
――謹んで、訂正しよう。
風呂から上がったこいつらは、攻撃力が1000あがるのではない。
――乗算で、100万あがるのだ。
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