第5話 待遇は、三度のうまい飯に昼寝つき①


 その後、俺と咲夜は、ベッドでごろごろしながら動画を見たり、咲月が作り置きしてくれていた昼食のチャーハン餃子定食(これがまた尋常じゃなく美味かった)を食べたりして過ごした。


 監禁犯であるとはいえ年頃の美少女とベッドでごろごろするのに抵抗……というか動揺はしたが、俺の足の鎖は咲夜の部屋のベッドかどこかに固定されているらしく、ふたりの中で俺の定位置は咲夜の部屋ということらしかった。


 腹がいっぱいになって眠くなった咲夜は再びベッドでごろつき始める。


「ねーねー、お昼寝しようよ?」

「いいけど、同じベッドここで寝るのかよ……」


 さすがにそれは少しマズイ。

 俺はジト目を向け、否定する意思をみせる。


「えー、ダメ?」

「ダメだろ」

「そんなにダメ?」

「ダメ」

「ここ、わたしのベッドなんだけど?」

「…………」


(そうだった……)


「居候が、口答えしないでよ?」

「監禁犯が、なに言ってんだよ?俺は被害者だ。居候じゃない」

「ちぇー、騙されなかった……」

「騙そうとすんな」

「ねー、いいじゃん?ちょっとだけ!わたしが寝付くまで!」


 俺の意思を無視して咲夜は俺の腕を引っ張り、添い寝をさせようとする。


「や、やめろって!」

「うぅ……」


 俺が腕を振り払うと、咲夜は目に見えてしゅんとした。


(な、なんで俺が悪者みたいになってんだ……?)


 どこか釈然としないが、チキンな俺は謝らずにはいられなかった。


「わ、わるい……痛かったか?」


 俯いて黙ってしまった咲夜の顔を覗き込む。


「……しい」

「え?」

「……さみしい」

「な、なにが……?」

「ひとりで寝るの」

「…………」


 じゃあ昼寝するのやめろ、とは思ったが、そんなことを言えば火に油だ。余計ムキになって俺をベッドに引き摺りこむに決まってる。

 俺はそういう予測がつくくらいには、咲夜の性格が読めるようになってきていた。

 俺は諦めてベッドに腰掛ける。


「……どうすれば、さみしくないんだ?」

「ぎゅってして」

「ムリ」

「じゃあ、こっち来て」

「…………」


 俺は警戒しつつも傍による。

 すると、咲夜は俺の左胸にそっと手を添えた。


「心臓、貸して?」

「心臓を?」

「うん。心臓の音を聞いてると、安心するの」


 よくわからないが、それくらいならまぁいいだろう。思い起こせば、咲夜は今朝もそうしていた気がする。


「……わかった。――ほら」


 俺は上体をベッドの背もたれに預け、左腕を広げる。

 咲夜はこっちが恥ずかしくなるくらい、それはもう嬉しそうに心臓に耳を当てた。


「…………」


(思ったより、密着度が高いな……)


 俺の想像力が乏しかったせいか、想定外の破壊力。それはただ、咲夜が俺に抱き着いているだけだった。


「ふふ……」

(そ、そんなに嬉しい、のか……?こんなので?)

「…………」


 咲夜はいったい俺のどこがそんなに好きなのか。その理由は結局、今朝からまったくわからないままでいた。

 直接聞いてみてもよかったかもしれないが、咲夜の言動から察するに、どうせ『好きなものは好き』みたいな返答しか返って来ないだろうという気もする。


(こいつはいったい、俺のどこが……)


 目を閉じた咲夜の顔に視線で問いかけても、機嫌の良さそうな吐息が聞こえてくるだけだった。だが、その安心しきった表情をみると思わず頬が緩み、そんなことはどうでもよくなってきてしまう。


 満足そうに俺に寄り添っていた咲夜は、しばらくするとぐったりと俺にもたれかかり、すやすやと寝息を立てはじめる。


(こうして見ると、なんだか動物みたいだな。犬……?じゃないか。こいつはそんな従順ないい子じゃないし。もっとこう、わがままで、奔放で……猫……かな?)


 左半身にかかる重みとあたたかさにそんなことを考えていると、なんだか俺も眠くなってきた。


「これくらいの添い寝なら、まぁいいかな……」


 そう安堵したのも束の間――

 寝ぼけた咲夜は俺の身体をがっちりとホールドしてきた。

 さながら『身体にフィットする抱き枕』のように。


「――っ!?」


 俺は再び柔らかい感触に襲われる。

 小さな口から漏れる吐息がくすぐったくて敵わない!


「お、おい……!」

「んん……」


 咲夜がぐっすりと眠っている以上、俺がいくら声をかけても意味がなかった。

 俺は思考を停止させ、目を瞑ってひたすらに脳内で自己暗示をかける。


(こいつは猫、こいつは猫、こいつは猫……!)


「ん~?……んん……むぅ……」


 俺の苦労も知らずに、咲夜は胸元に頭を擦りつける。


「――っ……」


(こいつは猫、こいつは猫、こいつは猫!!)


「……んふふ……むにゃ……すぅ…………」

「――っ!」


(にゃーにゃーにゃーにゃーにゃー……!)


 ――もぞもぞ……


(にゃーにゃーにゃーにゃーにゃー!!)


「――ぐぅ……」


(にゃーにゃーにゃーにゃあ、にゃ…………)


 頭の中で猫を数えているうちに、俺もいつしか眠りに落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る