第3話 俺を仕留めたヤリチン作戦


「じゃあ、私はこの後バイトだから、お姉ちゃんごゆっくり~」


 咲月はそう言い残すと空になった皿を持って出て行ってしまった。


「……案外普通に生活してるんだな?」

「何言ってるの?当たり前じゃん」

「そう、なのか……?」


 監禁犯っていうから、てっきりもっと殺伐とした隠密生活を送っているのかと思ったが、こうして見るといたって普通の女の子だ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、咲夜が俺の上に身を乗り出してくる。


「ふふ、楽しい監禁生活の幕開けだよ?これからは、ずーっと一緒。嬉しいね?」

「…………」

「ねぇねぇ、今日は何して遊ぼうか?」


 さっきどいたと思ったのに、再び柔らかい感触を惜しげもなく押し付けられる。


(うっ……この生活、思ったより過酷なんじゃ……?)


 思わず視線を逸らすと、咲夜は不満げに頬を膨らませた。


「もぉ!どうしてそっぽ向くの?そんなにイヤがられると、さすがのわたしも傷つくんだけどな……」

「いや、別にお前が嫌とかじゃなくてだな……」


(健全な男子としてマズイ状況にあるとは、言えない……)


 話を逸らそうと、咄嗟に話題を切り替える。


「そ、そうだ!お前ら、そんな細腕でどうやって俺を連れてきたんだよ?てゆーか、俺の着替えとか、あるのか?」


 俺の質問に、虚空を見やる咲夜。


「ん~、攫われたときのこと、覚えてない?」


(攫っ……)


「覚えて、ない……」

「あれ~?薬効きすぎたかなぁ?それとも泥酔してた?」

「泥酔……?」

「昨日の夜、キミのバイト最後の出勤日。終わった後に、ひとりで居酒屋で飲んでたでしょ?」

「うっ……」

「花金なのに、ぼっちで」

「うっ……」

「ハッピーおつまみセットで」

「ううっ……」


(あの、ぼっち寂しい送別会を見られてたのか?)


――そう。俺はバイト最終出勤日に送別会を開かれることもなく、それでいてパーッと飲んでやりたい気分に駆られて、独り寂しくチェーンの居酒屋でお得なハッピーセットをつまみに酒を飲んでいた。


「……見てたのか?」

「そりゃあ見てますとも。キミのこと、好きだからね?」

「ストーカー……だったのか?」


 恐る恐る口を開くと、意外にも咲夜は首を横に振る。


「ストーカーはね、犯行機会が多い分捕まるリスクが高いと思って、してないよ」

「監禁はいいのかよ……?」

「一発逆転大博打。大成功だね!」


「…………」


「ずっと一緒にいられる分、ストーカーよりもずっとハイリターン。ああ、勇気を出してよかった……」


 咲夜はうっとりとした表情で俺の頬を撫でる。

 再び話題を逸らそうと、俺は続けた。


「ストーカーでもないのに、どうして俺のこと見てたんだ?」

「狙ってたから」


「…………」


「わたし達はストーカーじゃあないけど、キミのことならある程度調べてた。キミがあの日バイト最終日で、飲み会があるだろうことはわかってた。その後なら、監禁しても私生活に違和感がないことも」


「マジか……」

「うん。でも、送別会が無かったのは想定外だったかも。おかげで人目ひとめの少ない居酒屋で犯行することができたよ」


(…………)


「――で?俺の酒に薬でも入れたのか?」

「そのとおり。身体にやさしい睡眠薬を。キミがトイレに行った隙にね?」


 まるでヤリチンみたいな手口だ。しかし、そのヤリチン作戦に愚かにも引っかかったのは、他でもない俺だ。色んな意味で、開いた口が塞がらない。

 そんな俺をよそに、咲夜はドヤ顔をする。

 俺はその無邪気で楽しそうな顔を、不覚にも可愛いと思ってしまった。


「そのあとは簡単。さもキミの友人であるかのように颯爽と登場!『わたし達で介抱します~』と言って会計を済ませる。そしてタクシーでお持ち帰りさ!」

「…………」

「するとあら不思議!キミはここにいるってわけだ!」


 ふふふ、といかにも嬉しそうな咲夜。


「はぁ……」


 俺の口から出たのは、ため息だけだった。


「すげぇよ……鮮やかな手口だ……」


(ヤリチン作戦、恐るべし……)

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