012  腕利きの弓使い Ⅴ

「ちょっと待った‼」


 二人の行く手に大河が立ちはだかった。


「急になんだ? 貴様に用はない。そこを退け」


 若宮は足を止め、目の前にいる大河に言う。


「いいや、退けねぇーな! ここは俺の店であって、美しき女性を奪い去ろうとする奴から退くわけないだろ?」


 大河は強がって、若宮に言った。相手の実力は、そこに倒れている祐斗の事である程度は分かっているつもりだ。


「そうか、貴様もあの男のようにやられたいらしいな」


 若宮が大河を睨みつける。


 大河の左手に弓が出現した。そして、右手の裾から隠し矢を瞬時に取り出し、魔力を籠め、剣の刀身の部分を出現させ、弓を引く。


「ほう、貴様、弓使いか……」


「そんなに珍しいか?」


「いや、この世で最も最弱な武器だと思っているだけさ」


「馬鹿にするなよ! 弓使いは弓使いだとしてもそこら辺の冒険者と一緒にしないで欲しいな」


 大河は弓を引いたまま、それを若宮に向ける。


 一歩でも動けばやられる。そう悟った。弓は、剣以上に集中力を要する。


 呼吸が一秒でも乱れれば、負けを覚悟しなければならない。


 時間が刻々と過ぎていく。店内に客は数人程度しかいない。


 右手の先まで震えが止まらず、思わず射てしまいそうだ。


「大河! 弓を下ろせ‼」


 と、厨房の奥から現れたエルメスが大声を上げた。


「はぁ⁉ なんでだ⁉」


「いいから俺の言うことを聞け! 今は退く時だ‼ 何も手出しするな‼ お前の力では奴を倒せん‼」


 エルメスははっきりと大河に言う。


「エルメスか。あれ以来、どこに行ったかと思えば、こんなちっぽけな店で店を開いていたか」


 若宮は、エルメスに気がつくと、視線だけを彼に向けた。


「うるせぇな。さっさとこの店から出て行け。これ以上、周りの人間に迷惑をかけるな。そして、二度と現れるなよ」


 エルメスが止めに入ると、大河は弓を下ろした。自分の無力さに悔いがあるだろう。歯を噛みしめ、若宮が自分の隣を通り過ぎるのをただ呆然と見ているのが許せない。しかし、エルメスがいう程の人物だ。どれほどやばい奴かはある程度分かる。


 若宮は、朱音を持ち上げ、連れの男と一緒に立ち去ろうとする。


「ま、待ちやがれ……」


 倒れている祐斗が気力を振り絞って、ゆっくりと目を開いた。


 若宮の足が止まる。


「朱音を置いていけ……」


 そう言い残すと、再び気を失った。未だに出血が止まらない。従業員たちが祐斗のそばに行き、必死になって止血をしようとしている。


「行くぞ……」


 若宮達は、その場から朱音を連れて姿を消した。


 嵐が過ぎ去った後の店内は、悲惨な状況だった。


 未だに大河は、立ったまま動こうとしない。他の従業員は、散らかったテーブルや椅子を元の位置に直し、破損した道具は一か所にまとめた。


 エルメスが大河に近づき、右肩に手をそっと置くと、何も言わずに祐斗の方へと歩み寄った。


 死んでいない事が不思議でしかない祐斗をエルメスは診断すると、何か考え始めた。


「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」


 店内に響き渡る大河の悔しさ声。


 エルメスは、少し溜息をつき、祐斗を応急処置すると、そのまま体ごと持ちあげた。


「彼をどうする気だ⁉」


「奴に預ける……」


「奴?」


「少しばかり店を開けるからその間、頼むぞ……」


 そう言い残すと、エルメスもまた祐斗を連れて姿を消した。


 残された大河は何も言わず、ただただその場から一歩も動こうとはしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る