010 腕利きの弓使い Ⅲ
祐斗は息を呑む。思っていたよりも出来栄えが良すぎる。目の前にいるナンパ男が作っているような感じが全くしないのだ。
これは非常に不味い。
ここで大河を認めれば、自ら負けを認めることになる。
そんなことはしたくない。絶対にしたくない。
「どうした? 俺の料理がそんなに美味しそうに見えるか?」
大河は祐斗を煽りに煽ってくる。ニヤニヤと、祐斗の様子を窺いながら『勝った』という自信が自分の中にはもうあった。
祐斗は箸を手に取り、震える手を感情的に押し殺しながらゆっくりと大河の作った料理へと手を伸ばす。
大河はそれを見守る。
朱音もまた、じっと祐斗を見つめながら見守っている。
だが、そんな時だった。
「大河ぁああああああああ! てめぇは、こんな所で何してやがる‼ サボりか‼」
大河の後ろから大声が聞こえた。
大河は、恐る恐る後ろを振り返ると、そこには大河と同じコック姿の男が仁王立ちして、こちらをギロッと睨みつけてきた。
「げっ、料理長……」
大河は、驚いた表情を見せながら言葉を失う。
「ふんっ‼」
男は右拳で上から下へと思いっきり振り下ろし、大河の頭上に
「いだぁ! 何しやがる、エルメス‼」
大河は頭を押さえながら拳骨の反動を受け、涙目になりながらゆっくりと立ち上がった。
「お前が何をしているんだ? 大河、お前の仕事場は厨房じゃなかったっけ?」
「はぁ? 俺の仕事場は美しき女性に対して最高のおもてなしをする事だ‼」
大河は負けじと、料理長に対して反抗的に言った。
「だったら、今すぐに厨房に戻りやがれ! 毎度、毎度、何回も言わせるんじゃねぇ‼」
「うるせぇ、
「爺じゃねぇ! まだ、三十五だ‼」
「爺じゃねぇーか‼」
二人の中は険悪であり、その喧嘩声は店中に響き渡る。
「ちょっと来い! 説教してやる‼」
エルメスは、大河の右耳を摘まみ、引っぱって行く。
「痛たたたたた! では朱音さん、ごゆっくり……。って、いてぇーよ‼ おい‼ 聞いてんのか‼」
大河はエルメスに連れられて、厨房の奥へと姿を消した。
「結局、何だったんだ?」
「さあ?」
祐斗と朱音は手を止め、ただ呆然と二人のやり取りに驚き、食べるのを忘れていた。
「まあ、気にせずに食べるか」
「うん……」
二人は、店の中が再び静まり返るとようやく料理にありつけた。
一口、一口ずつ作られた料理を口の中に入れていく。
(う、うめぇ……)
祐斗が絶句する。あまりにもおいしさに不味いと言い切れない。本当においしいのだ。
「美味しい! こんなの久しぶりに食べた‼ やはり、化学って素晴らしいわね‼」
「おい、理科の実験みたいに言うなよ……。そりゃあ、美味しいけどな……」
祐斗は、朱音の天才が言うような発言に対してツッコミを入れる。
確かにこんな料理を作る奴は凄い。現世では、どこかで料理店でも経営していたのだろうか。
認めざる得ない。
しかし、祐斗から見て大河は相当な強さを持っているとなんとなく感じた。
そして、楽しく食事を始めようとした時だった。
目の前にいる朱音の様子がおかしい。何かに怯えているようで、震えている。持っていたスプーンを思わず落としてしまった。
「どうかしたか?」
祐斗は箸を置き、朱音に話しかける。
「う、うん……。早く、この店から出よ!」
「何かあったのか?」
「いる……。いるのよ……」
やはり、さっきまでとの様子がおかしくなっている。
(いる? まさか!)
祐斗は辺りを見渡した。朱音が震えている理由がなんとなく分かったのだ。
この震えようは、彼女の昔の記憶が関係している。話を知っていれば分かることだ。
(誰だ⁉ どいつが朱音を⁉)
祐斗から殺気立つ。店にいる全員が敵に見える。
心拍が高くなるのが分かる。体が熱い。汗が出てくる。
「誰をお探しか?」
どこからか祐斗に話しかけてくる声がした。
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