33.兄の部屋
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細く開いたままのドアを見つめる。
そのなかは真っ暗で、誰もいないことはこの細い隙間から見ただけでも分かった。
耳元で何度もくりかえす電話のコール音。カチカチと時計針が規則的に回転する音。
やっぱり、塚本の所へ行ったんだ。あんな体で。じっとしていた方がいいはずなのに。こんな風に家から出てまで兄さんが俺から逃げ出すことなんて初めてだった。だからだろうか、少しだけ驚いている自分がいる。そして少しだけショックを受けている自分も。
弟よりもあんなポッと出の後輩を選ばれた気がして。塚本なんかに兄さんを取られてしまったような気がして。心の何処かで兄さんは何をしても俺から逃げたりしないと思っていたのかもしれない。
そんなことを考えている愚かな自分に乾いた笑いがこみ上げてくる。こんな風に信じることがどれだけ虚しい結果しか残さないかなんて、とっくに分かっていたはずなのに。頭ではいくら計算ができても、感情は思い通りに動いてくれないから腹立たしい。
俺はドアを完全に開いて中に入った。兄さんらしい綺麗に整理整頓された部屋。特に趣味も無いであろう彼の部屋はかなりあっさりしたものだった。その中に俺の見覚えのないものなどない。少しでも違和感があったら俺はその出所を調べるようにしていた。今までだってそうしてきて、少しずつ兄さんのつながりのある物を壊していく。それでうまくいっていた。それなのに今回は俺の予想外。まさかあそこまで仲良くなるとは思わなかったのだ。兄さんが今まで仲が良かった友人たちとは全然違うタイプ。兄さんがあんなに塚本を気にいる事も、塚本があんなに兄さんに執着する事も全く読めなかった。そもそも塚本が俺にとってはかなり苦手な部類の人間だったのだ。あいつには俺のコミュニケーション能力が通じない。圧倒的なコミュ音痴。あそこまで扱いづらい人間がいるとは思わなかった。考えも行動もちっとも予想がつかないし思い通りにならない。
あいつのことを考えると無性に苛立ちが増す。いつかあの平然とした面を殴ってやりたいと常々思っていた。
真っ直ぐに目的の彼の机に向かい、上から二段目の引き出しを開ける。俺は知っていた。彼がここに大切なものをしまっていることを。今は壊れてしまった絆の跡をここに入れて、その記憶を辿ることで自分の孤独に必死に耐えていたことを。
なんて健気で。
馬鹿馬鹿しい。
何枚も重なった写真にはどれも満面の笑みの兄さんが写っている。これを見ていると今の兄さんの姿は想像できない。多くの友人に囲まれて楽しそうに笑っている。本来の彼はこんな風に自然と人がよって来るような魅力的な人柄なのだ。
俺はその一枚一枚を丁寧に破いていった。
壊れろ。
壊れてしまえ。
その笑顔を見ると俺の中の憎しみが再燃する。やっぱりどうしても許せない。俺をおいて幸せになっていく兄さんの姿は。
日々肥大化していく感情を発散させるように破く手に力を込める。
全てを破き終わると、乱暴にゴミ箱に突っ込んだ。
よかった。少しだけ気分が落ち着いた。思い通りにいかないからといって焦ってはいけない。とりあえず冷静にならなくては。
俺は絶対にこのまま終わらすつもりはないのだから。
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