32.塚本くん家


塚本くんは半ば無理矢理、俺を自分の家に引きずって行った。そんな彼の行動に逆らいたい気持ち半分、甘えたい気持ち半分。取り敢えずこの状況で家になんか帰れるわけがない。じゃあどうするんだと聞かれたら黙ってしまうが、だからといって塚本くんの家にお世話になるのは気がひける。申し訳ないというか、これ以上迷惑をかけられないというか、後輩に甘えたくないなけなしの先輩としてのプライドがあるというか。


しかし勿論のこと、塚本くんがあの家に俺を返すわけもない。逆の立場だったとしても俺もそうするだろう。俺は彼に全てを話してはいなかったが、この怪我が弟にやられたものだということは、俺の態度を見れば察しがついたようだった。そうとなれば、このまま俺が家に帰れば酷い目に合うなんてことは簡単に予想がつく。


正直、強引に手を引いてくれる彼の行動には救われている。俺は彼の言葉に素直に頷くことなんかできない。そんなおこがましいことはできない。それはちっぽけなプライドの所為でもあるけど、それ以上に俺は自分が嫌われたり面倒に思われることを想像してしまって、自ら手を伸ばすことができないのだ。こいつが俺のそんな心情を理解した上でやってるとは思えないが。


いつもとは違う電車に乗って僅か15分ほどで降車する。足を引きずりながら歩く俺を、彼は横から支えてくれた。最初は背負おうとまでしてきたくらい。そんなことされたら目立って仕方がないからと、丁重にお断りさせてもらった。駅から歩いてそこまでの距離ではないと言うのでなんとか必死に足を動かして彼の家に向かう。体調の悪さは次第に悪化していき、ふらふらと覚束ない足取りで視界も気持ち悪くなるくらい揺れっぱなしだ。だんだんと彼にかける体重は重くなっていってるはずだが、彼は文句一つ言わないで俺の歩調に合わせてくれている。


目を閉じかけていた俺は、予想以上の大きさの一軒家の登場にパチリと意識を引き戻された。自然と足が止まる。そんな俺の様子を不思議そうに窺う塚本くん。


金持ちの坊ちゃんだと自負していた通り。彼の家はそれはもう大きかった。家だけでなくその敷地を彩る花々。庶民的目線で感想を言わせて貰えば、手入れが大変そうだという情緒もクソもないものしか出てこない。おかげさまでビビってしまって、彼の進行方向に反する力を思わず強めてしまう。彼はそんな俺の腕を今更逃すまいと掴んで離さない。そうして俺の顔を確認すると、有無を言わさない表情で俺を見つめる。「まだわがまま言うんですか」と言わんばかりに呆れた顔。


仕方ないだろ。俺は平民も平民。特別貧しくもないし裕福でもないど平民なんだよ。

俺が微動だにしないのを見て一つため息をつくと、俺の身体を抱え上げる。


冗談じゃない。


「おい!」


「だって無理矢理引っ張ったら足とか痛いでしょ。こっちの方が手っ取り早いんで」


「そう言う問題じゃねえっつの!」


「人の目を気にしてるなら大人しくしてもらえますか?ジタバタしてるとこっちも運びづらいんで余計時間かかりますよ」


痛まない範囲で彼の背中を叩くが、全然ものともしてくれなかった。体を鍛えていると言うのは本当だったらしい。彼よりも背幅は小さいとはいえ、それは多少の話だし、そもそも俺は男だ。側から見た絵面も最悪じゃねえか。降ろしてもらいたい一心だったが、こう言うときの塚本くんは一切言うことを聞かない。仕方なくじっとして、今の自分の様を想像しないようにして羞恥に耐える。


「……覚えてろよ」


ぼそっと呟く俺の声が聞こえているくせに、彼は平然とした顔で無視していた。


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