25.痛み



ひどく痛む頭に目が覚めた。

激痛。ズキズキと走るような痛みに呻く。



頭が痛くて起き上がれない。だが今日は学校だ。そんな弱音を吐いている場合じゃない。早く支度して学校に行かなくては。

無理やり体を起こすと頭がくらくらし、立ち上がることすら億劫だ。それでも俺の中に学校を休むという選択肢はなく、体に鞭を打ってベットから這い出し足を地面につける。その瞬間、凄まじい痛みが体に走り床に崩れ落ちた。


「いったっ…」


何をやっているんだか、と自分を叱咤する。しかしどうにも立ち上がれそうになかった。本気で調子が悪いみたいだ。体が熱く、頭がガンガンと痛み視界がぼやけているくらい。この休みの間の精神的ショックが大きすぎてこうなってしまったみたいだ。自分の精神がそんなにも脆弱なものだとは思いたくない。


足首の方に視線をやってその有様に顔をしかめる。青紫色に大きく腫れている。俺はそれをじっと見つめ、この土日を思い出していた。


弟は本性を現したあの日からタガが外れたように、俺に対して暴力的な人間に豹変した。

金曜日の放課後、彼に無理やり連れ帰られて首を絞められ意識を失った。次の日に目が覚めてすぐは夢うつつだったが、ヒリヒリと痛む首元に違和感を感じて昨夜の出来事を全て思い出す。このままでは殺されかねないと思った俺は、急いで支度して家を出ようとしたのだ。避難する場所なんて特に思いつかなかったが、ずっと家にいるよりまし。ホテルに泊まり込む程のお金の余裕はないが、漫画喫茶かなんかで時間をつぶせばいい。とにかく少しでも彼と距離を取りたかった。だが弟は俺のそんな行動を予期していたように、部屋を出たところで待ち伏せしていた。気に入らないなら関わらないでいてくれたらいいのに。弟にとって俺は視界にも入れたくない存在ではなく、徹底的に痛めつけたい人間らしい。出てきたばかりの自分の部屋に押し込むように戻され、昨日と変わらない感情の読めない真っ黒な瞳で俺を見下ろしながら暴力をふるった。


端的に言って地獄。


最初こそわずかな抵抗をしていたものの、次第にそれが無駄だと思い知らされる。それに加えて、彼の口から漏らされる言葉の数々が俺に抵抗してはならないのだと思わせた。悪いのは俺なのだ。罪を冒したのは俺なのだ。だから罰を受けなくては、償いをしなくては。だから痛めつけられても、それは受け入れるべきことなのだと。

途中からは考えることをやめてただひたすらに早く時間が過ぎ去ることを祈った。いろんなことを考えていたら頭がおかしくなってしまいそうだったから。この暴力に屈し、心まで折れてしまったら、もう本当に立ち直れない気がしたから。

だいたい俺は、弟が口にする俺の罪ってやつがなんなのか分からない。つまり俺からしたら訳もわからず、ただ暴力を振るわれているわけで。理由もわからないのに絶望なんてしたくはない。殴られて当然と言うなら、殴られて当然だと納得のいく理由が欲しい。それがわかるまでは、もう謝罪も、許してくれと乞うことも絶対にするまいと心に決めた。正直、頭にくる。自分の方が力が強いからと、力で憂さを晴らし屈服させようとしてくる彼のやり方に。話し合いなんて端からするつもりないんじゃないか。たとえ俺が悪かったとしても、このやり方は気にくわない。


なんて強がりを心の中でずっと繰り返しながら、この土日をなんとか乗り切った。…乗り切ったと言ってもこの有様だ。耐え切ったの方が正しいかもしれない。

彼の思惑通り遠くに逃げ出すなんてことはおろか、学校に行くことも一苦労だろう。


流石に弟も学校を休んでまで俺を痛めつけるつもりはないようで、少し前に隣の彼の部屋から人が出て行く気配がした。それに、俺が動くことができない状態であることも把握しているのだろう。大して俺のことを気にもせず学校に出発したのは、そうだからに違いない。


彼は俺を逃がすつもりはないのだ。

…でも、このままじっとしていろと?冗談じゃない。

このままだと、やはり俺は弟に殺されてしまうかもしれない。今までちらりとも考えもしなかった可能性があまりに濃厚で愕然とする。別に死に至るような怪我を与えられたわけではないが、それでもこれがずっと続けば悪化していく可能性は十分ある。


それに、と俺は頭を抱えた。


彼に殺されなくても、俺が耐えられなくなるかもしれない。こんな考え方はしたくはないが、このまま殴られ続けるくらいなら、一瞬の苦しみで楽になりたいと思わなくもない。絶対にしてはいけないことだと分かっている。だけど、もうそんなに耐えられる自信がない。


俺は深々とため息をついて、変色した足首をさする。


「…困ったな」


あまりの痛みに歩けそうもない。だがこの家には助けを求める相手がいない。自分の家の中にいるというのに誰も救いの手を差し伸べてくれないなんて惨めな話だ。それどころか、俺にとって今一番危険な人物はこの家族の一員なのだから。

例えば今、俺がこんな姿で部屋から出て行ったとしてもきっと何も言われないんだろうな。弟を除いてみんな俺のことなんか興味はないだろうし。


だから自分で動くしかないのだ。

壁に手をついてなんとか立ち上がる。凄まじい激痛に呻いた。痛みが収まるわけがない。この足に体重がかかるかぎり痛みが続くのだと思うと、学校に行くなんて無理難題。


でも行かなくてはならない。遠くに逃げ出すことよりも俺にとっての優先事項がある。

辛い。苦しい。痛い。


でもそれ以上に、今すぐ会いたい。

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