14.体育祭



順調に進んでいく体育祭。予定通り、俺は大半の時間を応援席に座って過ごしている。クラスの活躍を眺めたり、塚本くんの姿を探したり、弟は見つけないように努力したり。


予想通り、塚本くんも弟も大活躍だった。どちらもほとんどの競技に参加して、圧倒的に他のクラスを引き離して勝利している。あの二人がせめて別のクラスだったならよかったのだが、同じクラスにあんな猛者が二人もいるわけだから得点も飛び抜けていいわけで。午前だけで優勝が確定しそうな勢いだった。


一年のクラスが湧いているのを見て、彼らが人気者なのだと理解する。弟は交友範囲が広く、社交的な人間だ。中学のときもあんな光景を見たことがある気がする。塚本くんもそりゃあの見た目だし、特に女子が湧くのもわかる。だが、なんとなく複雑な気分。十分人気者じゃねえか。てっきりうまくいってないから俺のところに来ていたんだと思っていたが、それならなおさら俺の方へやってくる意味が理解できない。あいつが声をかければ、昼飯なんて一緒に食べてくれそうな友達なんて大量にいそうだ。男子からは若干嫉妬されていそうな感はあるが。


そういえば、彼と昼飯を食べる約束をしていたことを思い出す。あいつが俺のところにこのまま堂々とやってきたら、それこそ注目を炙る羽目になるんじゃないだろうか。それは冗談じゃない。

俺は急いで携帯を取り出して彼に連絡しようとする。…そうしてまた思い出す。


あいつの連絡先知らないんだった。


教えまいとしているのは俺だが、これは厄介なことになった。

新たな競技に入場してきた塚本くんが、俺を見つけてかすかに微笑む。俺の後ろに座っていた応援席の女子たちが色めき立つのを聞きながら、俺は舌打ちしそうな勢いだった。なんて人目をひく人間なんだ。やっぱりこいつと仲良くしているのは得策じゃないかもしれない。そもそも塚本くんに俺の存在は必要ないものな訳だし。


そうしてまたしても華麗に走り去る彼を応援する場合じゃなくなった俺は、昼休みになる前に姿を消した。なんとか俺のことを見つけてくれと祈りつつ、こっそり移動する。

見つけてくれたら一緒に食べる。見つけてくれなかったら、お互い別で食べればいい話。一緒に飯を食わなきゃ死ぬわけじゃないんだし、別にいいよな。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺が選んだのはいつもの旧視聴覚室。体育祭の時、校内は入れるが基本的に保健室くらいしか誰も出入りしない。だから人目を偲びたいならうってつけの場所だった。せっかくの体育祭日和。わざわざ学校内でご飯を食べようなんて考える奴はそういない。特にこの教室は普段でも訪れる人がほとんどいないのだから。


塚本くんは驚いたことに無事俺のことを見つけてくれた。それでも結構探したみたいで、競技には見せなかったほどの汗を流している。俺を見つけた途端、目をぎらつかせて近づいてくるので俺も若干逃げ腰になってしまった。


「…先輩、なんで勝手にどっか行くんですか」


「いや、だってさ…」


言葉を濁す俺に悲しそうな視線を向けてくる。そういう顔は、罪悪感をえぐるからずるい。


「約束破られたのかと思いました」


「ちげーよ。…でも確かになんも言わずに勝手に移動したのは謝るわ。約束破ったように思われても仕方ないな」


謝る俺に、塚本くんは頭を振って許してくれた。いつもの席に座って、俺も座るよう視線で促してくる。本当に表情が変わらないから、今も怒ってるのかもしれないが。


「いいです。先輩が目立つの嫌いなこと知ってますから。俺と一緒にいたら目立ちますし」


自分が十分人気なことはよく理解しているらしい。そういうところが男子に反感を買うんだぞ、と言いたくなったがやめておいた。多分こいつには理解できないだろう。説明がめんどくさい。


「あのさ、お前ほんとクラスのやつらと食べろよ」


ご飯を食べながら、無言で視線をこちらに向ける。


「今日改めて思ったけど、お前別に嫌われてねーよ。むしろ人気者じゃん。俺なんかと一緒に食べるより、やっぱさー…」


「知ってます」


「…は?」


俺は先輩として彼に助言をしようと思っていた。同学年の友達と過ごしたほうが後々いいんだろうとか、なんかそういうこと。先輩ぶりたいわけではないが、そうしてくれたら俺もこいつに巻き込まれて目立つ危険もなくなる。しかし、いいことを言おうとしたはずがバッサリと話を切られてしまって言葉を失った。


「俺が人気者なことなんて知ってます」


「…おい、かなりイラっときたんだけど。つーかわかってんなら、」


「でも俺は先輩と一緒にいたいんです。ダメなんですか?」


ど直球に聞かれて言葉に詰まる。こいつの投げてくる言葉の球はいつもストレートで、赤面するようなことも平気で言ってくる。そういうのは女子にやれ。


「…ダメじゃねーよ。ダメじゃないけど、さ、でも、…うーんでもさ」


いろんなことを誤魔化すことには得意なはずが、しどろもどろになってしまっている。返す言葉が思いつかず、言葉を濁す俺に彼は畳み掛けてきた。


「じゃあ先輩は?先輩は嫌なんですか?」


「…」


俺になんて答えろと。どういうつもりでその質問してきてんだこいつ。塚本くんのコミュニケーション能力を数値で指したらゼロに近い値になるだろうよ。


「…この話は終わりにしようか。よくよく考えたら誰と一緒にいるのも本人の自由だよな。口出しして悪かった。ごめんごめん」


俺は質問には答えることなく、マシンガンのように早口でまくし立ててから昼飯のパンとおにぎりを消費することに集中した。しばらく横からの視線が痛かったが無視を決め込む。




「そういえば、先輩はどうしてここを選んだんです?」


しばらくしてふと思いついたように、話をふってくる彼。


「あ?だってお前と俺の接点なんてこの場所しかねーだろ。ここだったら言わなくても会えるんじゃないかと思ってさ」


俺と塚本くんのつながりは、もう使われることもなく捨て置かれているこの教室しかない。


「…確かに」


ボソリと呟いた彼を横目に見て、俺は視線を窓の外に移した。がやがやといつも以上に騒々しい校庭。普段とは全然違う景色。


「なんか不思議だよな」


「何がです?」


「今日は体育祭で、外はあんなにもお祭り騒ぎなのにさ。この空間はいつもと変わんないなと思って。…すげー落ち着く」


だからこの空間が好きなんだ。

塚本くんも俺につられて窓の外に視線を移す。


「そうですね。さっきまで当事者だったのに、突然第三者の視点に落とされた感じです」


「お前は特にな。ほとんど全部の競技に出てたじゃねーか。運動までできるなんて羨ましいもんだな」


「先輩だって出てたでしょ。全員参加のリレーとか。…だいぶ力抜いてるみたいでしたけど」


「なんで力抜いてるってわかんだよ」


「見ればわかりますよ」


偉そうに。たかが数ヶ月の付き合いのやつに分かるとは思えない。確かに本気で走ってはいなかったけど。体育祭なんてものに全力なんて掛けるわけがない。全力のというのは危機に瀕した時に使うもので、こんな遊戯に使うものではないというのが俺の考えだ。


「いつか見たいです。先輩の全力」


そう言って俺の顔を見てわずかに微笑む。残念ながらお前に見せることは一生ないだろうという意味を込めてほほえみ返しておいた。

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