13.体育祭、開会前の話



今日は教室がいつも以上に騒々しい。

先生に主導権を預けられた学級委員長は張り切ってロングホームルームを取り仕切っている。


近々に迫った体育祭。今はその選手決めをしている時間だ。この学校では一人必ず1種目に参加することを義務付けられている。特に運動部の面々は、自らの活躍できる晴れ舞台であるからとやる気満々だ。俺はそんな彼らを、後ろの方の席から頰杖を付いてぼんやりと眺めていた。


やる気ゼロ、である。


俺からしたら体育祭なんぞというものは好きなイベントではない。学校行事の中ではトップで嫌いなものだった。運動神経が悪いわけではないが、何から何まで順位付けして、ちょっとでも失敗したら罪悪感が湧くあの感じが好きじゃない。


「それじゃあ、あとは学年対抗リレー。3学年も出るから正直勝ちは見込めないけど…」


ぼうっとしている間にあっという間に選手は決まっていき、残るは学年対抗リレーだけとなった。卒業、部活の引退が控えた3年生のための競技みたいなもの。クラス6人ずつ出して1200mを走らされる。この学校は一学年3クラスなので全部で9レーンで争う。どの学年にも飛び抜けて早い奴はいるけど、やはり年の功には勝てないというのか、毎年優勝は3年生のチームだった。それでも先輩と勝負できる競技はこれしかない。運動部の連中はこぞって参加したがっていた。学校でも飛び抜けて速い面子が揃う最後の競技だから、最も盛り上がる競技でもある。


俺は黒板に並んだ競技と選手一覧の文字を眺める。俺が参加するのは去年と違ってクラス全員参加のものだけ。去年はというと100m走か何かに抜擢された覚えがある。確か体力テストでいい成績をとった順で選ばれるんだった。入学したての俺はそんなこと知らないから、一生懸命頑張ってしまって。

そんな去年の反省を活かして今年はそれなりに平均を目指して体力テストに臨んだ。そのおかげで今年は特別競技に抜擢されることもなく、平穏に過ごせそうだ。


目立ちたくないって言ってるだろ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そのはずだった。目立つことなんて今年は一切ない。



予定ではそのはずだったのだ。それなのに俺は今クラスの面々に期待した眼差しを向けられている。「冗談じゃない」と断れば村八分にでもされそうな迫力に、俺は承諾するしかなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





本日は晴天。風もあるからちょうどいいくらいの気温だ。俺は今日、特に責任を持つこともないので晴れ晴れとした気分で登校してきていた。

ひとまず教室に体育着で集まってホームルームを行ってから、校庭に移動する。俺はホームルームが始まる前に急いで売店に駆け込んでいた。昼休みはおそらくいつも以上に混むだろう。今日は保護者などもやってくるからここを利用する人も多いはずだ。いつものようにパンを一つとってレジに向かおうとすると、ポトリと手元におにぎりが追加される。


「おい」


俺はその犯人が当然わかっていたので顔を確認する前に毒づいてしまう。平然とした顔で俺のしかめた顔を見下ろしている。


「おはようございます、先輩」


「…おはよう。お前が朝から売店なんて珍しいじゃん」


「先輩が来ると思ったので」


「よくわかったな。ちょっと怖いわ」


余計なおにぎりを棚に返そうとするが、そうするとまた別のものが追加される。こいつ曰く、今日は体育祭で体力も使うのだからいつも以上に栄養は取ったほうがいいとのこと。残念ながら俺は大した競技に参加するつもりはない。そう言って突き返してもしつこく何らかの飯を押し付けて来る。ホームルームまで時間もないので俺は渋々パンとおにぎりをレジに通した。


「先輩、なんの競技に出るんです?」


「さあな」


「…それも教えてくれないんですか」


少しだけ残念そうな声。だって全員参加しかやらねーし。わざわざ教える必要もないだろ。


「じゃあお昼今日も一緒に食べていいですか?」


「今日くらいクラスのやつと食べれば?こういうのはクラスメイトとの絆が大事だっていうし」


塚本くんの数歩前を歩いていた俺は、押し黙ってしまった彼に違和感を感じて振り返る。そこにはみるからに不機嫌な雰囲気を醸した彼がこっちを見て立ち尽くしていた。俺はその姿にぎょっとする。表情はぱっと見変化がないが、なんというか怖い。絶対に怒っている。


「ま、まあ…昼はいつも一緒に食べてるしなぁ。……一緒に食べる?」


「はい」


調子のいいやつ。途端に顔を上げて駆け寄って来る。こいつの態度とか行動って全部作戦なんじゃないだろうか、と思えてくる。無意識下かもしれないが、なんとなくうまく彼のいいように持って行かれている気がするのは、多分気のせいじゃない。


自然と隣を歩く金髪は、きっと運動もそれなりにできるんだろう。体育祭で活躍する姿が簡単に目に浮かぶ。

あらゆる分野に秀でた天才。そんな奴が、俺の昼飯を気にしてわざわざ売店にやってくるなんてなんだかおかしな話だ。


俺はどうせ勝ちになんてこだわっていない。クラスを勝利に導くために貢献しようなんて心持ちはない。だからこいつをこっそり応援してやるか、なんて思っていた。

直接こいつと勝負するような場面にでもなったら話は別だが。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る