12.素直な後輩


「ほい」


月曜日の放課後。

いつの間にか俺より先に教室に来るようになっている塚本くんに、財布を投げて渡す。一瞬戸惑った顔をしていた彼も、それが自分の財布だと気がつくと「あ」と思わず声を上げた。


「え、なんでこれ先輩が持ってるんですか」


「んー。拾った」


「えっと、どこで?」


「学校だったかなぁ、多分。

なに?疑うなら確認しろよ。別に盗んでねーよ?」


「そんなこと思うわけありません」


中身を調べることなく自分のバッグの中に放り込む。これでもまともな倫理観は持っている。どちらかといえば金には困っている方だが、それでもまさか後輩の金を盗むことなんてするわけがない。だけど、もう少し疑えよと思う。そこまで信頼されているのは悪い気が。それともただ単にはした金を盗まれたところでなんとも思わないのかもしれない。

DVDを準備していると、彼が気まぐれに話しかけて来る。


「俺、土曜日友達の家に遊びに行ったんです。だからそこで置いてきちゃったんだと思ってたんですけど、電話してもないって言われて。ちょっと困ってたんです」


「ほぉ、お前も友達の家に遊びに行ったりすんだな」


全て知っている内容に、適当な相槌で答える。つーかこいつの中で弟の立場って友達なのかよ。友達にそんなことされたなんて知ったらこいつ結構ショック受けそうだよな。

道理で日曜日の弟は機嫌が良かったわけか。一番の目的のこいつを困らせることには成功したのだから。電話してる時とか、さぞ笑いをこらえていたんだろう。想像してうえっと顔をしかめる。

こいつに早めに教えてやりゃ良かったかな。…あ、でも俺こいつの連絡先知らねーや。


「やっぱり先輩はすごいです」


「え」


急な褒め言葉にガタリとリモコンを落とす。俺はただ落とし物を拾ったという設定なのだが。隠している事情があるせいで変なことを言われると過敏に反応してしまう。


「気分が落ち込んだ時に、いつも先輩がいるんです。俺、先輩に会えて良かった」


振り返れない。何言ってんだこいつ。俺の名前も知らないくせに。俺のこと、映画オタクってことぐらいしか知らないくせに。隠し事もいっぱいしてるし嘘だっていくつもついてる。土曜日も俺はこいつを見捨てたんだ。財布を取られる羽目になったのは俺のせいでもある。

なんも知らないくせに。

いや何も知らないからそんなことが言えるのか。


俺は少なくともこいつにいいことなんて何もしていない。

それどころか、むしろ、俺の方がこいつに救われてる。俺の方がずっとこいつがいてくれて良かったって。認めたくないけど心の奥底でそう思ってる。


でも、素直に嬉しい。俺なんかと一緒にいて楽しいって思ってくれてるってことが。顔が熱い。かっと頰に熱が昇る。俺は準備に手間取っているふりをして、顔の熱さを急いで冷ましていた。

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