2.塚原くん



「1年の塚原です」

なんて大真面目に答えられても知らないし。怪訝な顔をしている俺に、ああと頷くと状況を説明し始めた。


「俺、一人になれる場所を探しててそしたらここの物音が聞こえて。あれ、面白くて見入ってました」


言いながら流れる映画を指差す。


「…なんでこんな近くに座るわけ?」


色々聞きたい事や言ってやりたい事があるが、とりあえず一番気になっていた事を口にする。


「ここが一番見やすかったんで」


あっさりとした答えに、それはそうかと納得する。俺が一番の特等席に座っているわけだから、勿論その近くは見やすいだろう。だとしても、見知らぬ人間の隣に間もあけず座るのはなかなか勇気がいることだと思うが。

他にも言いたいことはあったが、取り敢えずこいつは映画が面白くて見ていただけらしいし。別に追い出すこともないか。なんとなく自分だけの秘密基地を暴かれた悔しさのようなものはあるけど。


「あの、あなたは何をしてるんですか」


「あなたって何だよ気持ち悪い」


「だって名前知らないし」


こいつに倣って自己紹介でもしてやろうと思ったが、直ぐにやめた。一年ということは弟と同じ学年。名字が知れたら兄弟だとバレやすい。いずれバレるとしても、できる限りそれを先延ばしにしたかった。


「先輩でいいや」


「え……?いや、名前…」


「ここ映画同好会の教室だから。いつも放課後はここで映画見てんの。無断利用してるわけじゃねーからわざわざチクんなよ」


不服そうな奴が詮索してきそうだったので先手を打たせてもらった。そもそもお前になんで名前を教えなきゃいけないんだよ。俺の言葉に黙ってしまった奴は、しばらくしてぼそりと呟いた。


「入部していいですか」


「部活じゃないんで」


「入会していいですか」


「………いやだ」


問答無用で断るが、納得いかないらしく何度も何度もこの同好会に入りたいと繰り返してくる。しつこいことこの上ない。端的に断っても「なんでだ」と問い詰めてくるし。仕方がないから理由だけでも聞いてやるとしよう。


「じゃあなんで入りたいわけ?映画が好きとかそんなとこ?だったらこんなとこじゃなくて映画館に行くとか、DVD借りて家で見る方がよっぽど快適だと思うけど」


「俺、家ではこういう映画見れないので。映画館とかも、そういう娯楽施設は行くなと言われています」


今上映しているものはアニメーションだ。とは言えオタク向けのマイナーなものではない。割と有名でテレビでも何度かやっていた気がする。こういう、というのはアニメのことだろうか。今時そんな家あるのかよ。


「なに、お前お坊ちゃんかなんかなの」


「はい」


即答に若干イラっとくる。だが、こいつは全くもって悪気も冗談を言っているつもりもない様子。面白いと言っちゃそうだが、これは俺とは違うタイプで人付き合いが難しそうだ。それにしても、こういうものに興味があっても見る空間がないというのは若干かわいそうだ。だからと言って俺がここで見せていたら、そのお家の厳しいルールが無駄になる気がするが。



……………仕方ない。


「わかったよ。でも条件が2つ」


彼は大真面目に俺の提案を待っている。そんなにあの映画が面白かったのだろうか。だとしたらその気持ちは大いにわかる。最初に見た時の衝撃はすごかった。だから5回も見ているわけで。


「この同好会のことを他の奴に言わないこと。それと、映画見るときは黙って見ろよ。邪魔されたくない」


俺の唯一の安らぎの時間なんだから、と心の中で付け足す。彼は俺の言葉に守りますと大きく頷いた。最初は冗談じゃないと思っていたが、こいつは悪い奴じゃなさそうだ。それに何より、居場所を探しているところが俺と少しだけ重なったから。


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