君との箱庭

はっさん

1.唯一の居場所



気がつけば、いつも大切なものは弟にとられてきた。

俺を愛してくれていたはずの両親も、優しくたまに喧嘩もした姉も。仲のいい親友も、心から好きになってしまった人も。みんなみんな少しの間目を閉じた隙に俺のそばからいなくなっていた。俺に対して向けられていた愛しげな瞳は無感情なものに変わっていく。そうして代わりにその視線の先には必ず弟がいた。弟に悪気があるんだかないんだか。わざとやっているのかそうじゃないんだか。分からないけれど、俺は自然と弟を毛嫌いするようになった。できることなら近寄りたくない。その気持ちが強まれば強まるほどに周りの人たちとの距離も一緒に開いていく。

いつのまにか愛されていたはずの俺は1人、遠い場所に立っていた。俺は今もなお、その開いてく距離を縮めようと必死に努力している。完璧すぎる弟に叶うように。俺も同じように見て欲しくて。


でも、だめだ。

俺はどんなに頑張ってもずっと一人きりな気がする。あいつの兄でいる限り。



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学校も今の俺にとっては居心地の悪い場所だ。友人がいないから。

弟がいるなんてことを公表しないにしても、中々相手と親しくなろうという気は起きなかった。ふと頭をよぎる。また離れて行ってしまったらどうしよう、と。そのせいか余計に相手に気を使うようになってしまった。嫌われないように嫌われないように。そんな風に気ばっかり使っていたら疲れるに決まっている。案の定、今の俺にとっては人付き合いほど面倒なものはなかった。家とは違い、学校だと一人でいると逆に注目を浴びる。先生だって妙に心配してくるし、何と無く嫌われ者の雰囲気が漂ってしまっている。話しかけられなくとも遠巻きの視線はうっとおしいものである。

その上、これからは弟がなぜかこの学校に入学してくる。同じ学校にしたくないからわざと遠い所を選んだのになんで付いてくんだよ。ここまできたら嫌がらせとしか思えない。家の中の俺に対するやな雰囲気に気づかないほど馬鹿じゃないだろうに。そんなことしたらまた俺が比較されてなんと言われるか。無邪気そうな笑顔を向ける奴は全て分かった上で選択していると、なんとなく俺はそう感じていた。問いただしたところで俺の被害妄想が激しいと言われるだけだから、何も言うつもりはないが。心の中で毒突くに留めておいて、余計な抵抗はしないほうがいい。この理不尽な空間で俺はそれを身に染みて学んだ。



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弟の入学は俺にとって億劫でしかなかったのだが、少しだけスカッとしたのは新入生代表が奴じゃなかったことだ。こんなことで喜ぶなんて俺もずいぶんひねくれたものである。しかしあの完璧な弟が選ばれなかったことは喜ぶ以上に本当に驚くべきこと。今まで小学校、中学校といつだってトップの成績を貫いていた。おそらく本人も家族も一番は弟だと思っていたのではないだろうか。もちろん俺だってそうだと思っていた。上には上がいるってことだろうか。とにかく家に帰ってきた弟の悔しそうな面を久々に拝めて俺は心の中でその名も知れぬ優等生にお礼を言った。

ベットの上で寝転がりながら異常な虚しさを感じる。最近声を発することすら少なくなった。声が出るか確認するためだけに「あ」と呟いてみる。震えて、弱々しい声。本当に情けない。努力して、でも結局俺は下の方でバタバタしているだけで足元に及びもしない。だからこんなところで何もせず、人の不幸を喜んでほくそ笑んで。周りのせいでこんな奴になったと考えていたが、本当にそうだろうか。最近違う気がしてきたんだ。俺がこんな奴だから周りはみんな離れていったんじゃないかって。そう思えば納得できるような気がしてきて。それなら、性格を直せばまた元に戻れるんじゃないかなんて無駄な希望を見出そうとしている。

本当は分かっている。

多分もう、俺はいてもいなくても変わらない。どんなに頑張って何かを成し遂げたとしても、俺の居場所なんて誰の心の中にもない。


どこまで行ってもひとりぼっち。


………こんなに悲しいこと考えても、もう涙も出てきやしなかった。



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そんな俺にも唯一の幸せな場所がある。自分の部屋ではなくて。それは放課後。あの嫌な学校の、とある一室。勝手に同好会を作って、先生に使われなくなったその旧視聴覚室を借りている。1人のために正式な部活じゃないが、顧問は必要だ。部活の顧問なんざやりたくないとぼやいていた先生に声をかけて、快く同好会の顧問 を了承してもらった。


古い視聴覚室は設備が古く、プロジェクターの調子が良くない。止まることも多々あるわけだが、でも居心地がいい。むしろそんな出来損ないなところがちょっと気に入ってたりする。

放課後の誰もいない教室で一人で映画を見る。映画を見ている間はどんな悩みごとからも解放された。嫌なことだらけの世界から抜け出して、存在しないはずの世界の中へ飛び込む。それに家ではリビングに居る時は気分が悪くなって、テレビなんてまともに見れやしない。レンタルで借りてきた映画を見るのは、映画館に行くよりもずっと安上がりだし。

楽しいなんて心から思えるのはこの時間くらいだ。それでもそう思える時間ができただけでも大分幸せだと思う。こんな趣味を見つけるまでは本当にただぼんやりと毎日を過ごしていた。


この空間が俺に残った大切なもの。これだけは取られたくない。だから、俺はこの教室に行くときは誰にも見られないように帰りのHRの後、しばらく待機して人が少なくなるのを見計らってから移動していた。



今日の映画は見るのが5回目。面白いから何度も借りてしまうのだが、疲れていたのか俺はいつのまにか眠っていた。知っているストーリーは安心して見る事ができ、聞き慣れた声はBGMになる。それでもうっすらと意識は保っていて、がくりと頭が落ちた衝撃ではっとする。慌てて起きた俺はキョロキョロと周囲を伺って、


固まった。


真隣に座る何者か。見たことのない人物。ギョッとして俺はそいつをまじまじと見てしまう。俺の視線に気づいた彼は俺に向き直った。横顔からも思ったがやたら綺麗な顔をしている。どこぞの坊ちゃんみたいにキラキラ光る金髪は物珍しくて目を離せなかった。


「………だれ」


「1年の塚原です」


「いや、…誰だよ」


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