パパラチア・フェイデッド
カムリたちは廃墟を呑み込む森を抜け、三十分ほど歩いてビル群へと移動した。
中華・ユーラシア系コングロマリットの繁栄の象徴だった鉄塔は、さながら並び立つ緑の墓標のようにもみえる。モダニズムへの葬送だ。
大戦時に人類が配備した
墓に立つ朝靄のようにやわらかく湿ったジュディの吐息が聞こえる。
『現存人類ジュディ・アンクへの――以下ジュディと呼称――衣類・食糧・カウンセリングの提供、及び有機知能網への限定アクセス権限の複製・付与を推奨。ジュディの個人インプラント端末への進入は失敗。権限を付与しなければ今後の作戦行動に支障をきたすおそれが存在する』
失敗したとはどういうことだろうとカムリは考える。
オープン・AI――通称
(この少女は自然でない。今朝も映画のフィルムを差し替えたかのように突如センサーに反応した。あれではまるで何者かに配置されたかのようだ)
(だが彼女は紛れもないヒトだ。罠のたぐいはダアトには通じない)
(ジュディを保護すべきだ。父もそれを望んだろう)
(現在の彼女は強い耗弱状態にある。インタビューは保留しなければならない)
かれはダアトにジュディの端末へのコネクトを命じた。近辺の繊維工場は「冠」たちの支配域だが、ビル群にはまだ生きているモールや食料品店が存在する。カムリのきょうだいたちが、命を賭して守った街の一つだ。
ふいにひび割れた
ダアトとの接続に成功したのだろう。カムリは手をさっと振って座標を送信した。
「そのポイントへ向かう」
ジュディはカムリに近寄り、手を握る。カムリは拒まなかった。狼の手で、少女の掌をやさしく握り返した。ジュディの手は細く、涙を拭いたからかぺたぺたとしており、それでいて暖かかった。生と喪失は等しくその血の下に宿っていた。
「慰めになるかはわからないが、きみの友達や家族の仇は私が取ってみせる。きみが何者だとしても構わない。だが、きみが死ねば私は苦しい。生きてくれ」
遺伝子バンクの情報を検索しながらカムリは続けた。
すると、ローカル回線でジュディからのテキストが送られてくる。
『それは私が人間で、あなたが
『それはどうだろうか。歌劇の主役はパフォーマンスの際に自身の俳優性を自覚するだろうか。模倣が常に原型より劣ると考えるのは間違いだ。少なくとも、私はきみのことを、作られた感情であれどうであれ案じている』
彼女がカムリから手を離すまでの一瞬、通信にノイズが走った。
『ねえ』
『なんだろう』
ジュディはカムリの目の前にふわりと躍り出た――それは、灰の大地に咲く白い花のようにもみえた。
「あなた優しいのね。カレッジなんかじゃみかけないタイプ」
涼やかな声。
なぜだろう。ジュディの声をきくと、彼女を食べてしまいたくなる。
「私。あなたのこと好きかもしれないわ。最初に会えたのがカムリでよかった」
瞬間、カムリの中で何かが弾けた。無数の未知の回路が炭酸のように立ち昇る。
§:keteric omnibuis ♯Padparadscha faded.
§:boy meets girl.
§:accelate situation(§ to 2).
§:circle discompleted yet.
(そうか)
(これが物語なのか)
§:this is a story.
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