Episode.2 テディベアには程遠い(1)
ときどき、浩はイリヤの変な様子を目撃することがある――そもそも変人だということはさておき――。
ある時は、帰宅が深夜に及んだとき。ある時は、夜中に目が覚めてしまったとき。そっとリビングを覗くと、彼は暗がりの中ヘッドホン着用の上映画を観ているのだ。
それ自体はなにもおかしくない。実際、浩が自宅で映画を観るときも似たようなものだからだ。
変だと思うのは、彼が何故か薄いタオルケットを頭から被り、目を爛々と輝かせ――否、どちらかというと『かみさま』が降りたときのような眼差しでぼんやりしているのだ。時折自身の左人差し指の関節を乱暴に噛み、無数の歯形を残していく。時々指が傷ついていること自体は知っていたが、これが原因だと気づいたのはごく最近のことだった。
なにを観ているのかは知らないが、『かみさま』の無駄遣いである。そういうのはもっと使いどころがあるだろうに。
そう思ったけれど、敢えてそれを言葉にする気は起きず。そういう時は、浩は気配を消しなるべく静かにするようにしていた。
***
この日、先に寝ていた浩はふと目が覚めた。
枕元に置いていたスマートフォンを左手で探り、画面に一度触れると、時刻は午前二時。暗がりに浮かび上がる電子画面の光に、徐々に脳が覚醒してゆく。
画面を伏せるようにして再度枕元に置き直すと、のろのろと上体を起こす。喉がからからに乾いていて、奥のほうがぺったりとはりついていた。少し暑かったせいだろう、無意識に脱ぎ捨てたらしいパジャマのズボンが床に放り出されている。
数回せき込んで、思う。
水が飲みたい。
もうこの時間はイリヤも寝ているだろうし、起きていたとして別に散々見られているわけだから、まあ、いいか。全裸じゃないし。
寝起きのぼんやりとした頭でそう思った浩は、ズボンを穿き直すことを諦めた。ベッドからすべるようにして降りると、壁伝いにリビングへ向かった。
何度も言うようだが、同居するイリヤ・チャイカという男は間が悪い。見られたくない、情けない、恥ずかしい、そう思うような場面にばかりあの男は現れる。つい監視でもされているのだろうかと思うほどである。
そして、奇しくも、この夜もまたそういう日だったのである。
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