第34話 命の選択

 バラバラになった紙を払いのけ、リアンは続けた。


「そもそも、私があなたに協力するいわれがない。そうは思いませんか?」


 ダンはリアンを睨め付ける。


「王太子殿下のめいであるぞ。」


「いや、待て。私は命じてるわけではない。」


「ほう?」


 リアンはこの時、初めて興味を持ったかのように片眉を少しだけ上げた。


「さっきも話したように、私の立場は苦しいものだ。さらに、これから向かうのは戦場だ。命の保証は出来ない。だから…」


「強制はしないと?」


 リアンは呆れたように息を吐き出した。


「ダメですね。不合格です。」


 そう言って立ち上がると、興味を失った様子でアルディオン達を見下ろした。


「日が暮れますし、この村で宿を探すのは大変でしょう。今晩の寝床ぐらいなら用意致します。」


「そんな、待ってくれよ!今のやり取りで不合格って!あんた何様だよ!」


 何も言えずにいるアルディオンに代わって、デュオが食ってかかる。


「あなたこそ、どういうつもりなんです?よく、この方に忠誠を誓えますね。」


「なんだよ…。助けてやりてぇって思っちゃいけないのかよ。」


「なるほど。そういう事ですか。」


 リアンは合点がいったというように、デュオに向き直った。


「そんな中途半端な覚悟では、たとえ戦場で生き残ったとしても、長くは保たないでしょう。いえ、それどころか、もう既に死にかけたのでは?仲良しごっこがやりたいのなら、他所よそでやるべきですね。少なくとも、私は関わりたくない。」


 そう言うと、リアンは家の奥へと消えていった。


「なかなか言うね。」


 ジエルは、目を細めてリアンが消えて行った方を見つめながらこぼした。



 その日の夜、アルディオンはいつもの夢を見ていた。


(あぁ、またか…。)


 ここ最近、ずっと同じ夢。

 カイがデュオに向かって剣を振るう。気付いた瞬間には、カイが自分に正面から寄りかかっている。そして、ズルズルと倒れていく。自分の手には真っ赤に染まった剣。血の匂い。生暖かい感触。全てがまるで現実のよう。いや、あの時よりもさらに濃く感じる…。


 だが、今日は違った。


 気付いた時に、前にいたのはカイではなくデュオだった。その顔には生気がない。


「デュオ!!」


 倒れるデュオを必死で抱きとめようとする。いや、自分は何か握っている。


(この感触…剣?)


 恐る恐る視線を下にやる。そこにあるのは、柄まで真っ赤に染まった剣。そしてその先は、目の前のデュオを深々と突き刺していた…。


「あなたが殺したんですよ。」


 声が聞こえる。誰の声かは分からない。カイ?デュオ?それとも…


 アルディオンは目を覚ました。汗でシーツがぐっしょりと濡れている。


(なんて夢だ。最悪だ。)


 窓の外は暗い。床についてから、そんなに時間は経っていないようだった。このまま寝ようにも、さっきの悪夢が頭をよぎる。


(少し外の空気を吸うか…。)


 アルディオンが外に出ると、そこには先客がいた。


「リアン…。」


「おや、王太子殿下。眠れないのですか?」


「ああ。そなたもか?」


「いえ、この時間はいつも星読みをするので。」


 星読みとは、星の動きや輝きを見て気候や季節を予測するもので、古来より伝わる学問の一つである。アルディオンも基本は学んでいるが、星読みはかなり技術が必要で、星読み士という職業があるぐらいだ。優秀な星読み士は王宮星読み士として、王に仕える事も出来る。


「星読み士を目指しているのか?」


「いえ。星読みは、私にとって手段でしかありません。学んだ事を生活に生かして、さらなる高みを目指す。それが私の生き甲斐です。自分は、どこまで行けるのか。今まで見た事のない世界を見る事が出来るのであれば、私は命を賭けても構いません。」


 静かだが、熱のこもった声だ。

 ずっと夜空を見上げているので、その顔は窺い知れないが、きっと目を輝かせているに違いない。


(命を賭けても良いほどの生き甲斐…。)


 気づけば、アルディオンは俯きながら言葉を漏らしていた。


「私は…、先日、仲間を助けるために他人を殺した。後悔はしていない。ただ、その者にも譲れない信念や、恐らく生き甲斐があったのだ。私は、それを奪ってしまった。」


「そうですか。では、その仲間が、その者を直接殺せれば良かったですね? 」


「なに?」


 思わずアルディオンは顔を上げた。相変わらず、リアンは空を見ている。


「だって、そうでしょう?あなたは、自分で手を下した事を後悔している。違いますか?」


「私は…」


 違うと答えたかった。だが、出来ない。本当に違うのか?これまでだって自分を助けるために、ダンやジエル、デュオがどれだけの相手と戦った?どれだけの命を奪った?それに対して、自分は何か思う事があったか?


(ああ。私はなんて愚かなんだ…。)


 相手がカイだったから。自分が手を下したから。それで、やっと奪った命について考えるようになった。どの命も等しく、そして皆、自分達王族が守るべき民だったのに。


 自分が殺しても、自分の為に部下が誰かを殺しても、それは全て王族である自分の責任。


(この国のために、自分の命を使うと誓っておきながら、なんという様だ。)


 今の自分には力がない。これからも自分は誰かの命を奪うだろう。だから、今は…


「リアン。礼を言う。」


 その声音を聞いて、今宵、リアンは初めてアルディオンの顔を見た。


「私は今まで大切な事を、はき違えていたようだ。」


「お役に立てたなら良かったです。」


 アルディオンは、力のこもった声でリアンにもう一度言った。


「この先も、私達に力を貸して欲しい。一緒に来てくれ。」


 リアンは、ふっと軽く息を吐き出した。


「来た時より良い顔になられましたね。ですが、私の答えは変わりません。お許しを。」


 そして、空に無数に瞬く星を見上げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る