第33話 テドス村

 ジリジリと皮膚を灼く太陽に向かいながら、馬を駆ける。あれから、アルディオン達は王都を出て、ルシェルに指示されたテドス村に着こうとしていた。


 カイの事件から数日が経とうとしていたが、誰もあの時の事については触れなかった。特にデュオに関しては、いつもと違い、口数が少ない。心配したアルディオンが声をかけても、何でもないと返されて、それ以上追求できずにいた。

 アルディオン自身も、カイの最期を夢に見て、上手く寝れない日が続いていており、暑さも相まって体力が限界に近づいていた。


 そうした中、先頭を走るダンから、テドス村への到着を聞かされ、アルディオンは内心ホッとしていた。


 村には収穫の終わった農地が広がっているが、土はひび割れており、今年の収穫の期待はかなり低い事が容易に想像出来た。

 エスタリスの主食はパンのため、多くの土地で小麦が栽培されており、このテドス村も例外ではない。米は東の一部の村で生産しているが、その数は多くなく、ほとんど他国から仕入れているのが現状だ。


 もし多くの水が必要な米の栽培が主であれば、今より旱魃の被害は、酷いものとなったであろう。とはいえ、小麦の栽培は地力を落とす。エスタリスが周辺国と戦をして国土を広げたいと思うのは、この農地を増やしたいという理由もあるのだった。


 一行は馬から降り、ルシェルに紹介された例の人物を探す事にした。ルシェルと友人ということは、貴族の出のはずである。村で一番良い家に住んでいるか、あるいは、簡単には見つけられない場所に隠れているか。貴族でありながら、このような小さな村にいるとういう事は、何か事情があるに違いない。おそらく、後者だろうと、アルディオン達は踏んでいた。


 しかし予想と反して、そのどちらでもなく、その人物はあっさりと見つかった。


 村人に、余所から来た人間はいないか尋ねたところ、あっさりと教えてくれたのだ。


「あんたらも、リアン先生のお知恵を借りにきたんかい?でも、リアン先生はこの村の先生なんだから、連れて行ったりしちゃぁ、ダメだよ。」


 居場所を教えてくれた村の男は、そう言うと、笑った。その表情は、どこか誇らしげで、そのリアンという人物を信頼しているように見えた。


「リアン先生は、本当になんでも知ってらっしゃる。この旱魃だって、先生のおかげで乗り越えられるて。」


 たしかに男は少し痩せてはいるものの血色が良く、表情も明るい。


「だがよ、今年の収穫は、さすがに少なかったんじゃねぇか?」


 ジエルが尋ねると、男は少し複雑そうな顔をしながら「まあな」と答えたきり、口を噤んでしまった。そうして、リアンという名の人物の家を教えると、そのまま、そそくさとその場を立ち去ってしまった。


 それから特に迷う事もなく、アルディオン達は日暮れ前に、目的地に着いた。男に教えられたその家は、村の端にあったものの、外見は他の家と変わらないものであった。


 アルディオンが扉を叩くと、しばらくして中から背の高い人物が出て来た。長い黒髪をゆるく結んで後ろに流しており、切れ長で涼しげな目元をしている。


「そなたがリアンか?」


「そうですが、あなた方は?」


 高くも低くもなく、妙に落ち着く声音だ。


「私は、王太子アルディオンだ。そなたに話があって来た。」


「そうですか。」


 リアンは全く動じずに、それだけ言うと踵を返した。


「もうすぐ日が暮れます。立ち話もなんですから、どうぞ中へ。」


 そのあっさりとした対応に少々面食らう。


「なぁ。大丈夫かよ?あの兄ちゃん。もやし眼鏡の兄ちゃんよりも覇気がねぇっていうか…。」


 後ろにいたデュオは、こっそりとダンに耳打ちした。


「俺も分からん。だが、ルシェル様が紹介して下さったのだ。何かあるに違いない。」


 ルシェルの宰相としての腕は誰もが知るところである。実際、あの脱出劇で計画と手際の良さを、皆が身をもって知っている。ここまで乗って来た馬でさえ、事前にルシェルが用意していたものだった。

 とはいえ、ダンはリアンの事を一切耳にした事がない。


(用心するに越したことはないか…。)


 そう思いながら、ダン達はリアンの後について家の中へ入って行った。


 家の中は特に変わった所はなく、家具も必要最低限のものが置いてあるだけだった。


 リアンはアルディオン達に椅子を勧めると、自分は茶の用意を始めた。


「そなた、1人で住んでるのか?」


「ええ。そうですよ。自分の事は自分でやる主義ですので。」


 そう言って茶を出した後、リアンは机を挟んでアルディオンの真向かいに腰かけた。


「それで、用件はなんです?」


 アルディオンは、これまでの事をリアンに話した。

 自分が王の密命を受けて東へ行っている間に、王が失踪した事。兄が実権を握り、ウェルストの遠征を命じられた事。そして、兄からは王の不在は自分のはかりごとだと疑われている事。


「そなたは、ルシェルから信頼されているようだ。そなたの力を私に貸してほしい。」


 そう言うと、アルディオンはルシェルから渡された手紙を懐から出して、リアンに渡した。


 リアンは眉ひとつ動かさずに、手紙を受け取ると、中を読まずに引き裂いた。


「なっ!無礼だぞ!!」


 ダンが怒りを露わにする。


「私は、私の目で相手を判断する。」


 そう静かに言うと、感情の読み取れない瞳でアルディオンを見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る