第32話 代償
カイは、息を上げながら自分に剣を突きつけている王子を静かに見つめた。
(咄嗟に私の動きを真似たか…。油断したな。)
背後で人が立ち上がる気配がする。仕留め損なった槍使いの男だろう。ゆっくりとした足音が左へ数歩したかと思うと、立ち止まった。槍に辿り着いたに違いない。
その間、アルディオンはカイの喉元に剣先を突きつけたまま、微動だにしなかった。
「デュオ、大丈夫か?」
「ああ、なんとか。」
デュオは壁にもたれかかりながら答えた。
視界は、ハッキリとしてきた。あとは太ももの止血を済ませれば、まだ動けるだろう。デュオは自分の服を引きちぎり、傷口に当てて手早く止血をし始めた。
その様子を確認するかのように、アルディオンの目線が剣先から少し逸れた瞬間だった。
カイは、腰の後ろに隠すよう差してあった短刀を素早く引き抜くと、思い切りアルディオンの剣を弾いた。
「なっ…!」
(まだ武器を…!?)
アルディオンに構わず、カイは飛ばされた剣を拾う為に身を屈めて左に転がる。剣を手に入れたカイのすぐ傍には止血をしているデュオがいる。デュオは急いで槍を引き抜くが、カイが間合いに入り込む方が速い。
(っのやろッ!!!)
間に合わない…そう思いながらも、デュオは槍を振り下ろそうとする。しかし、カイと目が合った瞬間、デュオの背筋に悪寒が走った。
(なんだ……??)
今までに見た事のない静かな目だった。その目に絡め取られるように、デュオの動きが止まる。
(あぁ。ダメだ…。)
デュオは目を閉じた。
ドスッと鈍い音が鳴った。
※
ダンとジエルが駆けつけたのは、それから少し経ってからのこと。
彼らは北門を切り抜けて、待ち合わせの西の廃墟へと走っていた。追っ手の数の少なさから作戦がバレたと感じ、アルディオン達が通るであろう道へと足を向けたのだった。
2人は途中、西門から来た追っ手を片付けていった。
(やはり、バレていたか…!!)
ダンは唇を噛む。おそらく、アルディオン達はカイと交戦しているに違いない。いくらデュオが戦い慣れているとはいえ、場数が違う。彼は甘いルックスからは想像できない、影の中でもずば抜けた戦闘能力を誇る男なのだ。
ふとジエルを見ると、固い表情をしている。ハミル街道で少し手合わせをしたから、カイの力を知っているのだろう。
(2人とも無事であってくれ…)
祈るように思った矢先、彼らは2つの黒い影を見つけて急いで駆け寄った。
「おい…!!大丈夫か!?」
ジエルが2人に声をかけたが、ハッと息を呑んだ。
そこにいたのは、負傷した右足を放り出すように座ったデュオと、デュオに背を向けた形で、血溜まりの中、俯いて座り込んでいるアルディオンだった。
「殿下…!」
ダンは膝をつきながら、アルディオンの肩にそっと手を触れると、目の前で倒れている男に目をやった。
「カイ…」
その言葉にびくりと肩を震わせたアルディオンは、焦点の合わない目でゆっくりとダンを見上げた。
「ダン…わ、私が…私が殺した…」
ダンはそれには答えず、膝をついてアルディオンと目線を合わせた。
「ご無事で良かった…。」
その様子を見ながら、ジエルはデュオに尋ねた。
「何があった?」
デュオはのろのろと顔を上げて父親を見た。その後、もう一度顔を伏せるとポツリポツリと話し出した。
作戦がバレていて、カイ達が追ってきたこと。
2人で挑んだものの、自分は負傷してしまい、アルが代わりにカイを倒したこと。
「俺が殺されそうになった時、アルが横から飛び出して…、たぶん、カイはアルの反応速度を見誤ったんだと思う…。俺もびっくりしたし…。それで…、そのまま、アルの剣があいつに刺さったんだ…。」
(なんで…、俺、あの時、動けなかったんだ…?)
今までだって、何度も死線を潜り抜けてきた。あんな状況、一度や二度じゃない。それなのに。
デュオは、そのまま口を噤んでしまった。
ジエルは、そんな息子を見て心の中で呟く。
(思ったより、早く課題にぶつかっちまったな。まぁ、遅かれ早かれ通る道だ。)
そして、そのままアルディオンの側まで歩いて行った。ダンが立ち上がり、場所を譲る。ジエルは先程までダンが屈んでいた場所に屈んだ。否、左足だけを地面に落とし、右手を胸に当てた。
その行動に、アルディオンの揺れていた瞳が定まる。これは…
ーエスタリス式の最敬礼ー
かつて、アルディオンがギナムの森へ一人で入って行った時、ダン達が見せたものだった。
「息子の命を助けて頂き、感謝申しあげる。アルディオン殿下。」
アルディオンはキツく目を閉じて頷いた。
これで良かったのだ。自分は…デュオを失いたくなかった。
脳裏に、カイの最期の言葉が蘇る。彼は2人の名前を呟いて死んだ。そのうちの1人は兄のテルシウォンだった。
彼は、兄を選んだ。だから、自分と、その仲間であるデュオを殺そうとした。
(どうしようも出来なかった。どうにもならなかったんだ…。)
そうして目を開くと、目の前のカイを見る。咄嗟の判断だったが、自分の行動に後悔はしていない。
(ただ…、それでも…。)
カイが最期に呼んだもう1人の名前。
知らない名前だった。だが、知らない名だったからこそ、自分は1人の人間の人生を、この手で奪ってしまったというのを痛感する。
アルディオンは、これから自分が進んで行く道に、初めて恐怖を感じたのだった。
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