第31話 追っ手
※
少年は、よく少女の為に歌っていた。その歌は建国神話から人々の暮らしまで多岐にわたる。彼は話の登場人物になりきるのが上手かった。
「僕は将来、旅芸人の一座に入って国中を旅する。そして、いろんな事を見聞きして、君の前で全部演じてみせる。」
彼の家は貴族ではあるが、権力はあまりなく、家を継ぐのは兄。自分1人旅に出たところで構わないだろうと思う。
「まあ。」
寝台から半身を起こしていた少女は、呆れた声を出しつつも、その色白の頰を薄く朱に染めた。
「だから、君は体の事だけを考えて。僕が君に世界を見せてあげるから。」
しかし、その約束が果たされる事はなかった。少年の叔父が彼を引き取ったからだ。それまで彼は叔父に会った事がなかった。それなのに、一族の決まりなのだと言われ、愛する少女にも別れを告げられぬまま家を出され、叔父から格闘術、武器の使い方などを仕込まれた。
それから数年後。叔父に連れてかれてから、家に戻る事も少女に会う事も禁止されていた彼は、こっそりと少女に会いに行った。たまらなく、彼女に会いたかった。訓練で負傷した足を引きずりながらも、ようやく目的地に着いた時、そこに彼女はいなかった。あったのは小さな墓石。
(あぁ…。)
彼は膝からくずおれた。
こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。
(こんな人生を送るはずじゃなかった…!!!)
彼は声にならない叫びをあげ、ただただ涙を流した。
それから訓練を避けるようになっていた彼に声を掛けたのは、彼よりも6つ年下の少年だった。まだ10歳にもならない、その幼い少年は彼に言ったのだ。
「つらいことがあったのか?なんだか、さびしそうだ。僕が大きくなったら、そなたのことも守ってみせる。」
幼子であれど、本来であれば口を聞くことなど叶わない相手だ。そんな相手が夕暮れ時に王宮の庭園の片隅で膝を抱えていた彼に声をかけたのだ。幼子は綺麗な服が汚れるのも構わず、彼の隣に座って、小さな包み紙を渡した。中に入っていたのは、焼き菓子。
「甘いものを食べるとげんきがでる!」
そう言って笑顔を見せた幼子は、突然驚いた顔をした。
「どこか痛いのか?」
そう言われて、彼は自分が泣いている事に気付いた。誰かの優しさに触れたのは、久しぶりだった。最後に別れた少女は、いま目の前にいる子どもと同じぐらいの歳だったと、ふと思い出す。彼は決意した。この幼子を守ろうと。守れなかった少女の代わりに、今度こそ。
ーその為には、手段を選ばないー
彼はそれから訓練に戻り、腕を上げた。全てはあの優しい少年を守りきるため。そして少年の祖父と出会った。その男が語る理想は彼の胸を打った。この大陸を統一する真の平和。外敵の侵略の心配がなければ、皆が自由に生きられる。そして、あの少年にそれを成し遂げる素養があり、心の底で王になる事を望んでいるのを、彼は知っていた。
※
カイは、思考を記憶の彼方から現実に引き戻した。
追っていた相手を組み伏せ、その喉元に剣を突きつけている。
「ぐっ…。カイ…。」
アルディオンは苦しげに声を出す。
「あなたは何も悪くない。でも、私はあなたではなく、テルシウォン殿下を選んだ。ただ、それだけの事だ。」
そう言うと、カイはアルディオンを突き刺す為に剣をあげた。その瞬間、左横から槍がカイ目掛けて飛んで来た。カイはすんでのところで身をそらす。槍は、そのまま地面に突き刺さった。
「うおおおお!!!」
デュオがカイの部下を素手で殴り倒し、迫ってくる。カイの力が一瞬弱ったのをアルディオンは見逃さなかった。左手で砂を掴み、思い切り相手にぶちまける。
「なっ…!」
そのまま、アルディオンは身体を捻ると相手の束縛から逃れて自身の剣を抜く。
(いつのまに、追いついてきていたんだ。)
デュオと軽い言い合いをしている最中に背後に気配を感じて振り返ろうとした瞬間、カイが襲いかかってきた。剣を抜くまもなく突き飛ばされ、その場に押し倒された。デュオが助けに入ろうとしたが、その間にカイの部下が、3人立ち塞がったのだった。
敵の包囲網を突破して来たデュオがアルディオンの隣に立つ。
「無事か!!」
「ああ。助かった。」
「まさか追いついてくるなんて、どんだけ俺らの事が好きなんだよ。」
デュオは、サッと辺りを見回す。部下は全員倒した。だが、数が少な過ぎる。おそらく、後からやって来るのだろう。そう考えると、あまりモタモタはしていられない。今2人がいるのは西の外れの廃墟でダン達との合流場所から、そう遠くはない。上手く建物の中を潜り抜けていけば切り抜けられる。
「こいつを2人で一気に片付けて、ズラかるぞ。」
「…ああ。」
アルディオンは剣を握りしめる。いくらデュオが格闘術にも優れているとはいえ、武器なしでカイと闘うのは難しい。デュオが槍を取り戻せるように、アルディオンが道を作らねばならない。アルディオンとデュオはカイに突進した。
アルディオンはカイに斬りかかるが、難なく受け止められ簡単に突き飛ばされる。そのまま、カイはデュオへと剣を振るう。
「……っ!」
デュオは咄嗟に避けたが、右肩を僅かに掠った。
「おるぁ!」
そのまま腰を低めてカイに突撃するデュオ。しかし、その攻撃を読んでいたかのように、カイは崩れた建物の壁を踏み台にしてデュオの顔面を飛び蹴りする。デュオは地面に突っ伏した。
「デュオ!!」
カイはそのまま反転し、続いてアルディオンに斬りかかる。何度も剣戟が交わされるが、森での戦いと同じ様にカイの一方的な攻撃のみ。
その間に、デュオがよろめきながら立ち上がる。槍まであと数歩。だが、デュオが足を進める前にカイは剣を左手に持ち替えると、右脇から短剣を抜いてデュオの足に投げる。
「ぐは…!」
右太腿に短剣が突き刺さり、デュオは思わず膝をついた。
(まず、こいつを仕留める…!!)
カイはアルディオンから離れてデュオの首に剣を落とす。デュオは自身に刺さっている短剣を引き抜き、カイの剣を受け止めようとしたが、弾かれた。
(やべぇ。くらくらして上手く力が入らねぇ。)
再度、カイが剣を振り上げる。
「やめろぉぉぉぉ!!!」
声のした方へ振り向くとアルディオンが剣を振りかざして走って来ていた。カイはアルディオンの剣よりも早く、胴を一閃しようとした。が、その刃は届かなかった。
(なに…??)
アルディオンが飛んだのである。先ほどのカイの飛び蹴りのように、崩れた壁を使って。
(相手の意表をついて、有利な間合いへ…!)
アルディオンはカイの剣を叩き落として蹴り飛ばすと、切っ先を相手に向けた。
「お前の負けだ。」
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