第30話 夜陰に紛れて

 アルディオンは息を呑んで松明を相手に向ける。それと同時に、背後に続いていたダンが短剣を片手にアルディオンと男の間を挟むように躍り出る。その様子を見て、男…ルシェルは溜息をついた。


「影のお前が、陛下以外の方の味方をするとはな。」


 ダンは答えず、ルシェルを睨みつけた。


「陛下の腹心である宰相閣下を傷付けたくはありません。どうか殿下を行かせて下さい。」


「どうして、私がアルディオン殿下の邪魔をすると?」


「では、何のために待ち伏せなど。そもそも、この経路は王族と影しか知らないはず。」


「殿下が今夜抜け出そうとする事などお立場を考えれば簡単に予測が出来る。隠し通路の存在とて可能性として挙げられる。詳細な経路までは、私だけでは分からなかったが。」


 そう言うと、ルシェルはダンの肩越しにアルディオンに声をかける。


「この先、王宮の門には既に兵が集まり始めています。テルシウォン殿下の配下です。」


「そんな…」


 アルディオンは絶句する。

 王宮から外に出るには、東西南北にある、いずれかの門を抜けねばならない。


「兵が集まっているのは当然の事ながら王宮の西門です。反対の東門は、まだ手薄なはず。急いで東へ向かって下さい。」


「何故、わざわざ情報を?」


「私はカルディアン陛下の家臣。勅書がある以上、表向きはテルシウォン殿下に従わなくてはなりませんが、それが陛下のおん為になるとは思えませんので。」


 何もかも言いなりになるのが、腹心というわけではないと、ルシェルは笑った。

 アルディオンは今一度、ルシェルという男の事を考える。これまで関わる事はなかったが、戦後のエスタリス王国を立て直した若き功労者。父への絶対的忠誠を誓っている臣下の1人。


(私を嵌める理由は特にはないか…?)


「そうか…。礼を言う。」


 アルディオンはダンの背後から出てきてルシェルに言葉をかけた。


「いえ…。それよりも、誰かこの状況を予測してた者はいなかったのですか?あまりにも不用心過ぎる。」


 最後に降りて来たジエルが、階段の上からルシェルを見下ろしながら答えた。


「まぁ、多少の兵なら俺らには関係ねぇ。」


「…。やはり、この先が思いやられますね…。」


 ルシェルは呆れた顔でアルディオンに近付いた。


「西へ行くのであれば、テドス村へ寄って下さい。そこに、私の古い友人がいます。味方につける事が出来れば、心強いかと。ただ…」


「ただ…?」


 ルシェルは遠い目をして、眼鏡を押し上げた。


「変わり者です。」


 ため息とともにそう言うと、ルシェルはアルディオンに手紙を渡した。


「お力になるかは分かりませんが、一筆書きました。奴にお渡し下さい。それでは、お早く。」


「感謝する。だが、東門は使えない。」


 アルディオンが事情を説明すると、ルシェルは顔色を変えずに頷いた。


「分かりました。では、こうしましょう。」



 ※



 王宮の西門周辺では、テルシウォンの配下が闇夜に紛れて集まっていた。その数は10人。他の門にも、念のために5人程待機させている。ここ西門の指揮をとっているのはカイだ。門の前には、何も知らない衛兵が2人並んで立っている。彼らは時折、欠伸を噛み殺しながら交代要員を待っている。


(呑気なものだな…)


 カイがそう思いながら見ていると、篝火かがりびで照らされた衛兵の顔が綻ぶのが見えた。衛兵の視線の先には、次の交代要員が現れている。そのまま、交代するかと思いきや、異常を知らせる鐘が大きく鳴り響いた。


「襲撃だー!!北門が襲撃されたー!!」


(読まれていたのか…!)


 カイは内心で舌打ちしながら、部下と北へ向かう。


(一体、どこから情報が…)


 そして、ふと足を止めた。何かがおかしい。


(なぜ警鐘が鳴った?西に私達がいると思っているのであれば、密かに門を出れば良いものを。殿下であれば、容易たやすいはず…。それに、なぜ北門なんだ…)


 カイは後ろを振り返った。


「まさか…!!」


 急いで西門へ戻ると、そこには先程の交代兵がいない。


「くそ…逃すか…!!」



 ※



 アルディオンとデュオは衛兵の姿のまま、走り続けていた。このまま王都の西の外れで、北門で騒ぎを起こしたダン、ジエルと落ち合う予定だ。


「上手くいったな!」


 隣を走るデュオは心底嬉しそうである。


「ああ。これもルシェルのおかげだ。」


「あのモヤシ眼鏡の兄ちゃん、やるなぁ!」


(モヤシ眼鏡??……!!)


 アルディオンは、意味が分かった途端、吹き出した。確かに、身長の割に痩せ型のルシェルだが、モヤシ眼鏡とは。


「走ってる時に変な事を言うな。」


「えぇー、俺としては、ピッタリだと思うんだけどなぁ。」


「お前、セレナと一緒に行けなかった事を根に持ってるだろう。」


「うっ…。そんな事ねぇよ。俺は、そんなに心の狭い男じゃねぇ!」


 そう。セレナはアルディオンと一緒に王宮を出たが、西。本人の希望もあって、東のギナムの森へ戻る。これが、東門を使えない理由だ。アルディオンが一緒に東門を使えば、彼女に危害が及ぶ。最初はデュオがセレナの護衛をするはずだったのだが、ルシェルの提案で今は別の男が付いている。


「うるさい。叫ぶな。」


「あぁ!アル!最近、旦那に似てきたんじゃないのか!?」


 作戦が上手くいき気分が高揚していたのと、年長の2人がいないせいか、アルディオンとデュオは追っ手の存在に気づくのが遅れてしまったのだった。

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