第28話 邂逅

 セレナは少し外の空気を吸いたいと言って、バルコニーに出ていた。外の景色は暗くてよく見えないが、王都の家の明かりが浮き上がっていているのが、夜空の星のようだと思った。


(森とあまりにも違う…)


 同じ国の人間なのに、不思議なものだと思う。

 ふと、誰かに見られているような気がして下に目をやる。誰かがいる。暗いせいもあるが、相手も黒い服を着ているようで、姿はよく見えない。

 その人物は、ゆっくりとセレナを見上げた。その瞳とぶつかった瞬間、セレナは声を上げそうになった。悪寒が体を走り目眩がする。セレナはその場で膝をつき、きつく目を閉じた。相手の強い感情を感じる。これは、おそらく…憎悪。


「セレナ!?」


 セレナの様子を心配して見に来たアルディオンが驚いて駆け寄る。


「大丈夫か?」


「ええ。」


 セレナはアルディオンに助けられて、ゆっくりと立ち上がった。さっきと同じ場所に目をやるが、そこには誰もいなかった。


「どうしたんだ?」


「そこに誰かいた気がして…。ううん、なんでもない。」


「とりあえず、中に入ろう。」


「セレナちゃん、どうしたの!?」


 アルディオンに抱えられるように、部屋に戻って来たセレナを見て、デュオが声を出した。アルディオンに助けられながら椅子に座ったセレナは、デュオに何でもないと首を横に振るが、その様子をみてアルディオンはセレナに言った。


「もう今日は休むんだ。兄上には私から伝えておく。」


「その必要はありません。」


 アルディオンが驚いて声のする方を見ると、扉の側にテルシウォンが立っていた。


「兄上…」


「遅いと思ったので、こちらから参りました。その娘が森の民ですか?」


 テルシウォンはアルディオン達に近寄ると、冷ややかにセレナを見下ろした。セレナはテルシウォンをゆっくりと見上げる。アルディオンとは全く違う。容貌もさることながら、堂々とした態度、また彼の纏う張り詰めた雰囲気は気軽に人を寄せ付けない。


(でも、どこか悲しそう…)


 何故だか、セレナはそう感じた。

 一方で、テルシウォンはセレナの紫の瞳を見て、何か眩しいものでも見たように自身の目を細めた。


「そなたが精霊の声を聞けるという証明は出来るか?この旱魃を止める事が出来ると?」


「その…それは、正直難しいと思います。王都には何故か精霊がほとんどいません。愛し子として生まれた弟だったら、出来るかもしれないけれど…」


 その答えを聞いて、テルシウォンは顔をしかめながら、アルディオンに尋ねた。


「力の使えない者を連れて来て、どうするんです?」


「愛し子を森の外に出す訳にはいきませんでしたので…」


「そういう所が甘いのですよ。無理にでも連れてくるべきでしょう。」


 そう言うと、テルシウォンはもう一度セレナに顔を向けた。


「そなたも力が使えないなら、何故ここまで来たのだ?森で大人しくしているべきでは?愛し子だかなんだか知らないが、選ばれたのは弟なのだろう?」


 いくらなんでも、そんな言い方はない。アルディオンが口を開こうとする前に、セレナが反発した。椅子から思い切り立ち上がる。


「私だって、ある程度の力は使えます!王都で使えないなんて、来てから知りました。確かに、愛し子として精霊王の祝福を受けたのは弟です。でも、弟は森の外には出られない。私は私の意思でここに来る事を選びました!それの何がいけないんですか?自分の行動を決めるのは自分でしょう!?」


 さっきまで気分が悪いと言っていたとは思えないほど、セレナは一気にまくし立てた。その場にいる誰もが沈黙する。

 テルシウォンも、これには面を食らったようで、セレナから目を外すとアルディオンに指示を出した。


「どちらにせよ、王太子殿下は明後日には西へ出立してください。そこの娘は王宮に残ってもらいます。」


「なんでよ!?」


「自分の意思でここに来たのだろう?そうであれば、役に立つまではここにいてもらう。」


 そう言うと、テルシウォンは踵を返した。


「兄上!ここにいる者達と出立しても、よろしいでしょうか?」


 テルシウォンは振り返り、部屋にいる者達を見回した。


「お好きになさってください。」


 そう言い放つと、今度こそ部屋の外へと出て行った。

 テルシウォンが出て行くと、一気に部屋の空気が緩み、アルディオンは知らず知らずのうちにため息を漏らした。セレナの方を向いて尋ねる。


「体調はもう良いのか?」


「あれ?うん、なんか、もう大丈夫みたい。」


「そうか。」


「怒らないの?お兄さんに対して言ったこと。」


「いや、あれは兄上が悪い。あんな事を言う人ではないのだが。」


「それにしても、似てねぇな。アルと兄ちゃん。」


 デュオが口を挟む。


「兄上は陛下に似ていて、私は母上に似ているからな。」


 アルディオンは、もう何度言われたか分からない言葉を聞いて苦笑した。この言葉を言われる度に、いたたまれなくなったものだが、今はすんなり受け入れられた。相手がデュオだからかもしれない。


 ジエルは、先程から何も言葉を発しないダンを見た。


「旦那、考え事ですかい?」


「いや、確かに、テルシウォン殿下らしくないと思ってな。」


「なるほどねぇ。まぁ、普段のテルシウォン殿下は知らねぇが、見た感じは親父殿にそっくりだな。」


 ダンは驚いてジエルを見る。


「陛下を知ってるのか?」


「戦の時に、ちょいとね。」


 ジエルはそうとだけ言うと、アルディオンに話を向けた。


「出発は明後日の朝で良いか?」


「いや、出発は明日の夜だ。誰にも悟られずに王宮を出る。」


 一同は驚いてアルディオンを見た。

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