第27話 地下

 アルディオンと話を終えたテルシウォンは地下への階段を降りていた。向かうは歴代の王の墓所だ。左手で壁を伝いながら松明を片手にゆっくりと歩く。

 階段を降りていくにつれ、徐々に周囲は明るくなっていく。すでに、相手が地下に明かりを灯して待っているのだろう。階段を降り、真っ直ぐと墓所への道を歩きながら、テルシウォンはこれから会う相手の事を考えた。祖父の紹介で出会った男。いくら祖父の提案であり、それが理にかなっていたとしても、この神聖な場所に入れたくはなかった。

 テルシウォンは地下のひんやりとした空気を吸う。気が昂ぶったり、落ち込んだりした時に、テルシウォンはこの場所によく来ていた。王の英霊が地下の空気となり、自分を慰めてくれるような気がしたからだ。だが、今日はその空気が肺を刺すように痛く感じる。


 目的地に着くと、背を向けていた相手がゆっくりとテルシウォンを振り返った。黒いマントと目深に被ったフード。そこから覗く肌は茶褐色。金色の瞳を妖しく輝かせながら、テルシウォンに声をかけた。


「お待ちしておりました、テルシウォン王太子殿下。」


「王太子ではない。」


「もう決まったようなものでしょう。」


 くっくっくっ、と相手は笑う。その声を不快に思いながら、テルシウォンは相手に尋ねた。


「陛下はご無事なのだろうな?」


「ええ。ほんの少し、お隠れ頂いているだけですよ。」


 男は笑い声を止めると、テルシウォンに、にやりと笑う。何もかもが不快だとテルシウォンは思った。テルシウォン達がいるのは、墓所の手前。男の背後には王の墓がズラリと並んでいる。どうして、この神聖な場所に、魔導師を入れなくてはならないのか。


「殿下。例の者はいたのですか?」


「まだ会っていないが、王太子の話だと連れて来ているらしいな。」


「それは結構。」


 男は大きく頷いてみせる。そんな男に、テルシウォンはかねてからの疑問を口にする。


「なぜ、お前が我が国の…森の民の事を知っているのだ。」


「魔導師も精霊の力も似たようなものですからね。我らには我らの繋がりというものがあるのですよ。同じ穴のむじなと言ったところでしょうか。」


 男は笑顔で答えると、真剣な表情になって言葉を続けた。


「分かっておいでですね?その者を手懐けるのです。それが、殿下や王国の為になるのですから。」


「異国人のお前が、この国の事を語るか。」


「ええ。もちろん、私は我が主の為に申し上げております。殿下が王太子になったあかつきには、我が主との協力関係をお忘れなきよう。」


「分かっている。」


「何よりでございます。殿下はを無事にお使いになられたようですし、私はカルディアン王の無事も報告致しました。そろそろ、帰らせて頂きます。異国人の私にとって、ここは少々居心地の悪いものですから。」


 そう言うと、男はテルシウォンにゆっくりと近づく。


「またお会いしましょう、王太子殿下。」


 すれ違いざまにそう囁くと、男はテルシウォンが来た方向に歩いて行った。テルシウォンは、眉を潜めながらしばらくその後ろ姿を見つめていたが、男の姿が見えなくなると、思い切り息を吐き出した。


(お爺様も、一体何を考えているのだろうか。)


 ウルターナの魔導師だという、あの男が現れたのはつい先日の事だ。ガーランド卿が王宮に来た時に、計画については聞かされていたが、まさか本当に手を組んでいたとは。現実主義の祖父が、そういったまじないの類いを信じているとは、俄かには信じ難かったし、何よりも、他国と手を組むとは思っていなかった。正直、今でも抵抗がある。その度に、祖父の真剣な眼差しと言葉を思い出す。


(全ては、真の平和のため。私はどんな事でも背負ってみせます。)


 あの言葉に嘘はないだろう。だが…。いや、迷ってはいられない。もう引き返せない。他国と協力して王を捕らえた。王の文書を偽造した。それだけでも死罪にあたる。そして、これから自分がする事は…


 ー現王太子を殺すことー


 テルシウォンは男が去った方に自身も歩き始めた。もうこれ以上、墓所の奥には進めない。これから先、ずっと…。そのまま振り返る事なく、来た道を歩き続けたが、地上へと続く階段で、テルシウォンは一度立ち止まった。


「いくらお前でも、ここまで来るのは許されないぞ。カイ。」


本来、この地下は王族でないと入る事は許されない。だからこそ、密会の場に適しているとガーランド卿が提案したのだ。


「申し訳ありません。しかし、いくらガーランド卿のご指示であっても、あのような得体の知れない者と殿下を二人きりにするなど、考えられません。」


 テルシウォンはゆっくりと後ろを振り返る。そこには、幼い頃から見知ったカイの姿があった。王宮に着いたばかりなのだろう。服は汚れ、その顔には疲れが色濃く残っている。


「まさか、お前がお爺様の側についていたとはな。」


「ガーランド卿にお声をかけて頂きましたから。しかし、私はテルシウォン殿下に忠誠を誓っております。幼い頃、"影"の訓練が辛く逃げ出しそうになっていた私を気に掛けてくださった事は一生忘れません。」


 カイはそう言うと、項垂れる。


「私が任務を失敗したばかりに…。申し訳ございません。」


 テルシウォンはカイの近くによると、その肩に優しく手を乗せた。


「心配するな。よく生きて戻って来た。」


 そう言って微笑むと、踵を返した。もうテルシウォンが後ろを振り返る事はなかった。

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