第26話 信頼

 ウェルストへの出陣。一見、名誉ある事のように聞こえるが、経緯を考えると事実上の追放である。テルシウォンは尚も言葉を続けた。


「また、今大きく兵を動かす事は出来ません。供を数名連れて、すぐに発つように。そのギナムの森から来たという少女は後で、私の所まで連れて来て下さい。真偽のほどを確かめます。」


「兄上…」


 アルディオンは信じられない思いで、テルシウォンを見つめた。返ってくるのは冷めた赤銅色の瞳。その瞳からは一切感情の動きは認められない。そのまま動けずにいるアルディオンに背を向けて、テルシウォンは部屋を出て行った。


(なぜ、こんな事に…。兄上に一体何が…。私が何をしたと言うのだ。)


 出て行くテルシウォンの背に向けて、アルディオンは叫びそうになったが、やっとの思いで堪えた。今叫んだところで、兄が答えるとは思えない。ただ、アルディオンは兄の後ろ姿を見つめた。顔を下げてしまえば、涙が零れ落ちそうだった。


「アルディオン殿下。」


 ルシェルが気遣わしげに声をかける。そんなルシェルに、これ以上心配をかけまいと、アルディオンは努めてハッキリとした声を出した。


「今の兄上は陛下と同じ権限をお持ちだ。従わざるを得ない。私はセレナ達に会いに行く。」


 そう言い残すと、アルディオンはセレナ達の待つ部屋へと足を向けた。そんなアルディオンに、ルシェルはかける言葉が見つからず、ただただ頷いた。


 王の失踪、出陣、兄の態度…。何がどうなっているのだろう?

 歩きながら考えを巡らせようとするが、思うように頭が回らない。視界も狭く感じ、足元が頼りない。やっと目的の部屋に着いても、アルディオンはなかなか入れずにいた。すると、急に扉が中から開かれた。扉の向こうから、デュオがひょっこり顔を出す。


「いつまで入って来ねぇんだよ。」


「貴様!殿下が入って来られるまで待たんか!」


「えー!だって、いつまでも外に気配があったら気になるじゃん!」


 ダンがデュオを叱るも、デュオは何食わぬ顔だ。


「早く入って来いよ。一緒に飯食おうぜ。」


 デュオは目を輝かせながら、自身の後ろを指差した。そこには、鶏の丸焼き、茹でた野菜、パイ、麦芽酒エール、ワインといった食事がテーブルに並んでいる。急ごしらえで厨房に用意させたものであったが、喜んでもらえたようだとアルディオンは安堵した。


「ああ。」


 アルディオンは頷くと、部屋へと足を踏み入れた。そのまま、空いている席へと腰掛ける。


「陛下とはお話出来ましたか?」


 鶏の丸焼きにかぶりついているデュオを、横目で見ながらダンがアルディオンに尋ねた。本来、こうして堂々と王宮で食事をする事のないダンは居心地が悪そうである。あまり食事も進んでいない。


「いや、それが…」


 アルディオンは口を噤む。周囲を確認して逡巡した後、意を決して言葉を発した。


「陛下は行方不明だ。」


 驚く一同に、アルディオンは事の経緯を説明した。そして、自分がウェルストへ出陣する事も。

 部屋が静まり返る中、最初に言葉を発したのはジエルだった。もう何杯目になるか分からない麦芽酒の杯を置くと、ゆっくりと口を開いた。


「嵌められたな。体の良い左遷じゃねぇか。」


「ジエル!」


 ダンが思わず声を上げる。そんなダンをジエルは冷ややかに見返す。


「旦那だって、同じ事思ってんだろ。」


「そなた達への報酬はきちんと支払う。心配しないでくれ。」


 アルディオンはジエルが、それ以上何か言う前に口を開いた。その言葉を聞いて、ジエルは呆れた表情をした。


「そいつは、有難いが。なぁ、アルよ。本当は俺達になんて言いたいんだ?」


 やはり、ジエルには敵わない…。そう思うと、アルはジエルを見ながら答えた。


「ウェルストまでついて来てほしい。戦に参戦しろとは言わない。ただ…、私には信頼出来る仲間が必要なんだ。」


 王が行方不明になっている事を考えると、何かしらの勢力がエスタリスの西にいるのは明確だ。兄の言動も…考えたくはないが、おかしい。誰が味方で誰が敵なのか。


「罠の可能性は、かなり大きい。」


 アルディオンは声を落とした。それでも、頼めるのはここにいる人間しかいない。


「いいぜ。やってやろうじゃねぇか。」


 ジエルは拍子抜けするほど、あっさりと承諾した。その言葉に、アルディオンも耳を疑う。


「本当に、いいのか?」


「ああ。面白そうじゃねぇか。」


「面白そう?」


「おう。まぁ、こっちの話だ。」


 ジエルは、いつものようにニッと笑うとデュオを見た。デュオは口いっぱいの肉を咀嚼しながら頷く。


「いつ出る?」


「ちょっと待ってくれ。それと、もうひとつ。兄上がセレナに会いたがっている。」


「私?」


 急に話を向けられたセレナが驚いて声を上げた。


「森の民の力の真偽を確かめると仰っていたが…、どうした?」


 アルディオンはセレナに尋ねた。セレナも、あまり食事が進んでいないようだ。どことなく、気分も悪そうに見える。


「ううん。なんでもない。ただ…王宮には、あまりいたくないの。変な感じがする。」


「変な感じとは?」


「うまく言えないんだけど…。それより、お兄さんに会うんだっけ?」


「ああ。だが、その調子だと無理だろう。少し休んでから行けば良い。私も一緒に行く。」


 可能性は低いが、セレナが森の民としての能力を示せば、兄ももう一度自分を信用してくれるかもしれない。アルディオンは心の中で自分に言い聞かせた。

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