第25話 失踪

 "王の失踪"


 アルディオンは宰相ルシェルから、その知らせを受け取った。

 ルシェルの表情は変わらないが、先程から何度も眼鏡を中指で押し上げている。セレナ達には別室で待ってもらい、2人はアルディオンの私室で話をしていた。


 数日前、ガーランド卿が王に謁見してから入れ替わるように、西部国境都市ウェルストから伝書鳩が飛んできた。差出人はガーランド卿の部下からで、ウルターナの進軍が確認されたとのことだった。内容は一刻も早く、ガーランド卿の帰還を促すものであったのだが、入れ違いになってしまった。そこで、西部の状況を確認する為にも、王自らがウェルストに向かう事となった。


「私は止めたのですが…」


 ルシェルは、そう漏らすと唇を噛んだ。

 何も王が行く必要はない。状況が分かり次第、準備を整えて出陣をすれば良い。そう訴えたが、王は聞く耳を持たなかった。


(平和に鬱屈されていたのか、何かお考えがあっての事なのか…。)


 おそらく前者であろうと、ルシェルは思う。出陣すると決めた時に浮かべた王の顔は、まるで玩具を与えられた子どものようであった。


(あの方は、戦の中に生き甲斐を見出そうとしている。)


 ルシェルは目を閉じて息を吐いた。


「この事を知っているのは、そなたの他に誰がいるのだ?」


 アルディオンの澄んだ声に、ルシェルは目を開く。すると、真剣な青い瞳とぶつかり、ルシェルは息を呑んだ。こんなに真っ直ぐ、人を見るような王子だっただろうか…?


「昨日、テルシウォン殿下にお知らせ致しました。」


「兄上は、なんと?」


「この事は、出来るだけ内密にするようにと。テルシウォン殿下の指示のもと、密かに捜索部隊も編成し、陛下を探させております。」


 だが、王太子のアルディオンが戻った今、その権限は全てアルディオンに移行する。


「いかが致しましょう?」


「兄上の仰る通りにしてくれ。ただでさえ、旱魃で民は苦しんでいる。その上、王の不在など、簡単に公にする訳にはいかない。ウルターナの進軍も状況がまだ掴めていないのだろう?」


 ルシェルは目を見張る。思いのほか、しっかりとした声色だ。この旅で、王子の中で何かが変わっている。いつも俯きながら、他人を避けるようにしていた王子とは思えない。


「ええ。あれから、伝令も鳩も飛んで来ておりません。そろそろガーランド卿もウェルストに到着されているはずなので、すぐに何かしらの知らせが届くかと。」


 その時、アルディオンの私室がノックと共に開きテルシウォンが入って来た。


「兄上!」


 アルディオンの表情がパッと明るくなる。テルシウォンは固い表情のままアルディオン達に近寄って来て、声をかけた。


「戻っていたのですね。」


「ええ。それよりも、今ルシェルから報告を受けていた所です。まさか、父上がいなくなるなんて…」


「王太子殿下」


 テルシウォンは、アルディオンの言葉を遮った。その声音と表情をアルディオンは怪訝に思う。


「今まで、どちらにいらしたのです?」


「どういう意味ですか?私は陛下の直命で東へ視察に出ていました。それは兄上もご存知のはず。」


「本当に東に行かれていたのですか?」


 アルディオンは、ますます怪訝な表情になる。兄は何を言い出しているのだろう?すると、隣で黙って聞いていたルシェルが声を上げた。


「恐れながらテルシウォン殿下。私もアルディオン殿下が陛下からめいを受けた事は存じております。」


「しかし、カルナンの司令官リアサスは、王太子の訪問はなかったと言っている。」


「それは…」


「東へ視察に出たのなら、カルナンの司令官が知らぬのはおかしい。」


「何を仰りたいのですか、兄上?」


「本当は北に行っていたのではないですか?」


「北?なぜ、そんな。」


「王太子殿下の母君の故郷、トリミアの人間と会っていたのではないですか?この国を乗っ取るために。」


 アルディオンは愕然とした。兄は何を言ってるのだ。トリミア?乗っ取る?


「あなたは、自身の王太子の地位が危ういと考えていた。だから、陛下の命を受けたのを良いことに密かに北へ行き、トリミアの人間と会っていた。違いますか?陛下の失踪も、あなた達が関与しているのでは?」


「差し出がましいかもしれませんが、テルシウォン殿下。それは、いささか乱暴な理論では?」


 ルシェルが口を挟む。理論とも言えない。これでは、言い掛かりも等しい。しかし、テルシウォンは変わらない。


「では、東へ行ったという証拠は?そもそも、何をしに行ったのですか?」


 ルシェルは一瞬躊躇したが、思い切って口を開いた。


「信じ難い話かもしれませんが、実はアルディオン殿下は陛下の命で、精霊の愛し子を連れ帰って来られたのです。」


テルシウォンはルシェルに顔を向ける。


「なにをバカな。愛し子など神話の類ではないか。陛下が、そのような命を下すとも思えぬ。もし仮にそうだったとしよう。その者は本当に愛し子なのか?」


「いえ…、実は愛し子ではありません。ですが、精霊と対話する事が出来ます。それは本当です。私がこの目で見ました。彼女は伝説のティオナンの子孫です。」


 アルディオンが苦しげに答える。兄の目が、これまで見た事がないぐらい冷たい。


「証明できますか?」


 アルディオンは唇を噛む。セレナの話では、王都で精霊の声を聞くのが難しい。この場で、兄の言うような証明は出来ないだろう。

 そんなアルディオンの様子を見て、テルシウォンは首を横に振った。


「そのような見え透いた嘘、聞きたくはありません。」


 ルシェルは表情を曇らせつつ、テルシウォンを牽制する。


「テルシウォン殿下。陛下がご不在の今、全ての権限はアルディオン王太子殿下にあります。」


「いや、権限は私にある。陛下が西に行かれる前、私にもを下されたのだ。」


 そういうと、テルシウォンは懐から羊皮紙を取り出して開いて見せた。そこには、王の筆跡で留守の間はテルシウォンに全権を一任すると書かれている。


 ルシェルは驚きで声を大きくする。


「そのような話はお聞きしておりません。」


「そうか?それでも、私にはこうして証拠がある。」


 そう言うと、テルシウォンはアルディオンに向き直る。


「これより、王太子アルディオンに命を下す。西部国境都市ウェルストに行き、王族として軍の先頭に立ち士気を上げよ。」


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