第23話 ハミル街道(2)

「セレナ様!」


 カイが呼び止めたが、セレナは一直線に倒れた人物へと走って行った。侍女試験だかなんだか知らないが、こんな暑い日に全身マントだなんて、どうかしている。


「ねぇ、ちょっと、あなた大丈夫?」


 セレナは少女を抱き起こすと、その青い瞳とぶつかった。


(あれ?この瞳は…)


 相手はセレナを認識すると、目を見開く。


「◯△✖︎□!!」


 何事か叫んでいるが、口に当ててる布のせいか、何を言ってるのか全く分からない。セレナが頭に疑問符を浮かべていると、少女はガバッと起き上がり口元の布を取った。


「私だ!助けに来た!逃げるぞ、セレナ!」


「え!?アルディオン!?」


「殿下!?」


 セレナを追いかけて来たカイも驚きの声を上げる。すると、セレナとカイの間を馬に乗ったジエルが割り込んだ。


「おーっと!感動の再会を邪魔させねぇぜ!」


 カイは即座に剣を抜いてジエルを睨み上げる。


「何者だ、貴様!」


「名乗るほどの者でもねぇよ」


 ジエルは不敵な笑みを浮かべて、槍を振り下ろす。カイは素早く避け、セレナ達の方へ回り込もうとしたが、ジエルが馬の手綱を上手く操りそれを防ぐ。


「まぁ、ちょっとばかし、相手になってくれや。」


「セレナちゃん、こっち!」


 ジエルとカイが睨み合っているうちに、デュオはセレナを馬に乗せようと手を伸ばす。


「あなた、誰!?」


「大丈夫だ!信頼できる!早く乗れ!」


 アルディオンは叫んで、セレナがデュオの後ろに乗るのを助けると、自身はカイ達に背を向けて走り出した。デュオもセレナを乗せて、アルディオンと同じ方向に走り出す。向かった先は…


「そっちは、崖よ!?」


「おう!分かってる!しっかり捕まっててね、セレナちゃん!あと舌噛むから話すなよ!」


 デュオは一気に崖の方、つまりは商人用の道から旅人用の道へと向かっていた。アルディオンを追い抜くと、崖の手前でひるみそうになる馬をけしかけ、一気にその先へと飛び出す。セレナは思わず目を瞑って、額をデュオの背中に押し付けた。

 デュオは左で手綱を短く握り、細やかに馬首を操作する。視界を邪魔する木々の枝は右手で持った槍で振り払う。それでも、急斜面に転がっている小石で馬のバランスが幾度となく崩れそうになった。


(焦るな、集中だ。)


 細い枝が何度も自分に刺さるが、ただひたすら馬の操作に集中する。そうして、なんとか旅人用の道に出た瞬間、気が緩んだのか、馬は一気に崩折れた。デュオは槍を放りだして身体を捻り、セレナを抱き抱えると身を呈して落下の衝撃から彼女を守った。


(痛ってぇ!あとは、アルと親父だな。)


 デュオはセレナを抱き抱えながら、崖を見上げた。



 ※


 一方、崖の上ではジエルとカイが戦っていた。周囲の護衛達も何事かと構え始めているが、彼等の一番の目的は積荷を守ること。すぐに2人の戦いに入ってくる事はなかったが、何人かがジエルの周りを取り囲もうとしていた。おそらく、カイの息のかかった者達だ。


(この男も、なかやかやる。生け捕りは難しそうだな。)


 ジエルは、デュオが崖の下へと消えるのを見て崖へと方向を変えた。背後で矢を射る気配がしたので、身体を捻って射られた矢を槍で落とす。そのまま、走ってるアルディオンを馬に乗せようと手を伸ばしたが、すんでのところで、掴み損ねてしまった。アルディオンが転んだのである。


「アル!?」


 アルディオンは起き上がったが、頭がくらくらして、すぐには走り出せない。その間にも追っ手が迫っている。


(まずい…このままでは、捕まる…!)


 アルディオンがそう思った瞬間、背後からぎゃっと小さな悲鳴と何かが倒れる音が聞こえた。振り返ると、追っ手の1人が倒れており、胸に矢が刺さっている。カイ達に動揺が走る。


 崖の方に目を向けると、ダンが矢をつがえていた。そのまま、間髪を入れずに次の矢を放つ。その合間をぬってジエルがもう一度アルディオンの方へと戻り、今度こそ馬に乗せた。それを見たダンも崖の下に姿を消す。


「うおおおおおお!!」


 カイの悔しげな咆哮が聞こえたのを最後に、アルディオンは気を失った。



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