第24話 王都

「…オン…ディオン…アルディオン!」


 自分の名前を呼ぶ声で、アルディオンはうっすらと目を開けた。と同時に、いろんな顔が飛び込んで来た。どの顔も心配と少しの安堵が入り混じっている。視界がはっきりしていくにつれ、アルディオンはずっと探していた人物の顔をじっと見つめた。


「良かった。また会えたな。」


 セレナに微かに微笑むと、上体をゆっくりと起こす。ダンが横から、そっとアルディオンの身体を支えてくれた。自分は、どうやら木陰で横になっていたらしい。少しだけ頭痛がするが、大した事はない。身体を起こした時に、額から濡れた布が落ちた。その他にも脇や首筋に濡れた布を当ててくれていたようだ。また、当然の事ながら、あの全身を覆っていたマントも取り払われているので、身体の熱はだいぶ逃げている。セレナは落ちた布を拾いつつ、アルディオンに水の入った筒を渡しながら尋ねた。


「飲める?」


 アルディオンは頷くと筒を受け取り、口にした。少し塩の味がする。


「カイは、どうなった?」


「すまねぇな。捕まえる事は出来なかった。」


 ジエルが眉を下げながら答えた。


「そうか…仕方ないな。」


 アルディオンにはジエルを責める気は全くなかった。あの状況でセレナを取り返せたのも奇跡に近い。なにせ、セレナがアルディオンに気付き、近づいてきたのは全くの偶然だったからだ。あの時、ジエルとデュオは馬車の馬にパニックを起こさせて、セレナ達のいる場所をあぶり出そうと考えていた。馬のパニックは簡単に伝染する。だが、実行に移す前にアルディオンが暑さで倒れたのだった。セレナを見た瞬間、アルディオンの意識は一気に覚醒して、あらかじめ決めていた逃走経路を無理やり決行した。ジエルとデュオは、よく対応してくれたと思う。


「悪いな、アル。こんなに暑くなるなんて思ってなくてよ。」


 再度、ジエルがアルディオンに謝った。確かに、この暑さであの格好は自殺行為だが、アルディオンも王都の近くが、こんなに暑くなっているだなんて想像していなかった。


「気にするな。それより、ここは?」


 太陽は先程より、西に傾いている。自分が倒れてから、ある程度時間が経っているはずだ。


「恐れながら、追っ手の心配もありましたので、殿下がお眠りになっている間に少し馬を走らせました。もうすぐ王都です。」


 ダンがゆっくりと言い聞かせるように答えた。


 王都…、アルディオンは口の中で呟くと、ゆっくりと立ち上がった。ふらつきもない。


「行こう。」


 アルディオン達は日が沈む前に王都ジリアステクトに到着した。数件の家には灯りがともり始めているが、大通りには多くの人が歩いていた。この時間は仕事帰りの男達が酒場へと足を運び始める時間だ。暑い中、1日働いた後の麦芽酒エールは最高に美味いだろう。日が沈み始めたとはいえ、まだ街中には熱気がこもっている。アルディオン達は人目を避けて、王宮へと向かった。


「だー!やっと王都に着いたぁ!なぁ、ちょっとだけ酒場に寄ろうぜ!」


「ダメに決まってるだろう。」


 能天気に言うデュオにダンが呆れた声で答えた。


「えー!セレナちゃんも、ちょっと休みたいよねー?」


「え?いえ、私は別に…」


 周囲の建物を見ながら歩いていたセレナが、自分に話を向けられた事に驚いて答えた。デュオは、セレナに話しかける度に顔が緩みっぱなしだ。セレナと出会ってから、デュオは何かと「かわいい」と本人には聞こえないぐらいの小さな声で連呼している。

 アルディオンは、セレナを見てふと疑問に思う。なんとなく、セレナの表情が曇っている。


「緊張しているのか?」


「まあね…。それと、王都に入ってから変な気がして。」


「変?」


「旅の時も思ったんだけど、王都に近付くに連れて精霊の数がかなり減っていったわ。ここも精霊の力が極端に弱いっていうか…。とにかく、なんか気持ち悪い。」


「そうなのか…。」


 アルディオンは首を傾げた。元来、精霊を自力で見る事の出来ないアルディオンにとっては、いつもの王都である。


「それより、あなたこそ大丈夫なの?この調子だと、私は助けてあげられないかも。」


 精霊がいなければ、もちろん、その意思を聞くことが出来ない。だが、アルディオンに動揺した様子は見受けられない。


「その時は、その時だ。」


 セレナは、驚いた顔をした。


「もっと暗い顔をするかと思ったわ。」


「もちろん、この旱魃を何とかして欲しい。だが、必ず解決する事を約束して来たわけではないだろう。本来なら私達自身が解決しなくてはいけない問題だ。」


「そう…あなた、変わったわね。」


「うん、セレナと皆のおかげだ。」


 以前の自分であれば、仕方ないと思いつつも、王の叱責等を考えて暗い顔をしたかもしれない。なにせ、セレナを精霊の愛しいとしごだと偽ったほどだ。

 アルディオンは立ち止まり、目の前に立つ王宮を見上げた。そして皆を振り返る。


「私はいつも、自分に自信がなかった。周りの目を気にしているうちに、いつしか努力もやめてしまった。無気力で、何もかも諦めて、自分から行動する事をしなかった。」


 アルディオンは一人一人の顔を順に見て言った。


「でも、この旅で私は少しだけ変われたと思う。そなた達のおかげで。今は、やりたい事も出来たんだ。」


 そう言うと、アルディオンはダンを見つめた。


「この旱魃の件が全て片付いたら、王太子を兄上に譲位しようと思う。父上には私から話す。」


 ダンは少しだけ驚いた顔をした。そして次に、アルディオンはジエルとデュオを見る。


「デュオには話したんだが…、しばらく、私をそなた達の仲間に加えてはくれないだろうか?」


「傭兵になりてぇのか?」


 ジエルは真面目な顔でアルディオンに聞いた。


「というよりは、色々な場所を回りたい。私は…、王宮の中からではなく、外から王となった兄上を支えたい。もちろん、王には"影"がいて、彼等が情報を王に伝えているのは分かっている。でも、今回の…カイのような件もある。私は王族として自分の目で見て感じて、それを兄上に伝えたい。」


「良いんじゃねぇ、親父?」


「俺らが判断する事じゃねぇだろ。なぁ、旦那?」


 ダンは頷く。


「なぜ、私達にそんな話を?」


「皆、私に命を懸けてくれたからだ。この命、必ず王国の為に使う。だが、それは王としてではない。それを伝えたかった。」


「お心は嬉しいのですが…私達に話すのは、少し不用心では?」


 ダンの問いに、アルディオンは爽やかな笑みを浮かべた。


「そなた達の事は信頼している。」


 アルディオンはそう言うと、王宮へと足を踏み出した。これから、やらなくてはならない事が山程ある。


(まずは、父上としっかり話さなくては。)


 いつもその視線から逃れるように過ごして来た。だが、これからは違う。芽生えた自尊心を胸に新しい一歩を踏み出すのだ。

 しかし、そんなアルディオンを王宮で待っていたのは、"王の失踪"という思いがけない知らせだった。

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