第22話 ハミル街道(1)

 早朝、アルディオン、デュオ、ジエルは、ダンが偽造した通行許可証を持って街道の前まで来ていた。周囲にはいくつかの商隊が集まって来ている。アルディオンは目深に被ったフードの奥からサッと辺りを見回すが、セレナらしき人物は見当たらない。


「どうだ?」


 ジエルがそっと耳打ちする。


「見当たらないな。」


「そっかぁ。まぁ、いくらなんでも人目につくような所にはいないか。だとしとら、やっぱ馬車の中か。」


 人が入ってそうな馬車は数台ある。だが、どれも商隊の護衛が見張っており、簡単には近づけない。王宮への物資搬入にしては数が少ないのは、この旱魃の影響だ。なにかと物が不足している状態だが、賊の対応も兼ねて3日に1度の通行許可を出しているらしい。


 ちょうど街道の警備兵と話をして来たジエルが戻って来た。


「確認してみたが、ここ数日、通行許可の例外はなかったらしい。」


「私達が先回りして着いたのが3日前。となると、やはりこの中にセレナがいるのか。」


 アルディオンは、そっと呟く。街道を通って王都に着くには1日かかる。その間にセレナを見つけ出さなくてはならない。

 それにしても…


「暑い…」


 現在、アルディオンは全身をすっぽり覆うようなマントを着ている。マントの素材は薄いが、熱がこもって仕方ない。カイとの戦いで切られた髪は、出来るだけフードの中に押しやり、口元には布を当て顔を隠しているので蒸れる。ジエルはアルに女になれと言ったが、正直これでは女か男か分からない有り様だ。そのため、歩き方や所作で女である事を表現しなくてはならない。アルディオンは王宮の侍女や、王宮行事で舞っていた女の踊り子達の所作を思い出しながら動いている。


「時間のようだぞ。」


 ジエルはそう言うと、アルディオンを用意した馬に乗せた。そのまま自分はアルディオンの後ろに乗って手綱を握る。デュオも自分の馬に跨った。


「気分はどうだ?お姫様?」


「最悪だ…」


「ハッハッハ!まぁ、そう言うなって!」


 ジエルは豪快に笑うと馬を進めた。



 ※


 セレナは馬車の窓をそっと開いていた。目の前に、全身マントの少女?が大柄な眼帯をした男と馬に乗っているのが見える。

 セレナは隣に座るアムに尋ねた。


「商人じゃない人もいるみたいだけど?」


「あぁ、あれは王宮の侍女試験を受ける女性かもしれませんね。」


「侍女試験?」


「ええ。試験を受けるまでは、ああして姿を隠す事が多いそうですよ。ハミル街道の商人の道は安全で有名ですし、一応…」


「一応?」


「その…、一応、彼女達も商人にとっては大事な商品のようなものですから…」


 アムはきまり悪げに言った。エスタリス王国には奴隷制はない。しかし、なんらかの事情で働きに出なくてはならない家の女性を選別して教育し、王宮に商品として送り込む商人は存在する。


 セレナは眉間に皺を寄せた。では、あの少女は王に売られるようなものではないか。そして、将来はアルディオンにも仕えるのだろうか。そう思うと、胃のあたりがギュッと痛くなった。なんだろう?


「どうかされましたか?」


「ううん、なんでもない。カイは、まだかしら?」


 カイは、商隊に入れてくれた商人と話をしてくると言ったまま、まだ帰って来ていない。


「そのようですね。」


 セレナはアムの顔が一瞬だけ曇ったのを見逃さなかった。


「ねぇ、アム。カイって、その…、なんだか怪しくない?私達に何か隠してるっていうか…」


「私がどうかしましたか?」


 馬車の入り口が開き、カイが入ってくる。セレナはぎくりとしたが、なんとか平静を装った。


「…遅かったのね。」


「申し訳ありません。なにぶん、無理を言って入れてもらったものですから。」


(嘘だ。)


 カイの様子を見てアムは思った。ダンがまた襲ってくるかもしれないと言って、今のような策を講じる事になったのだが、それにしても手際が良過ぎる。それに、ダンの狙いは殿下だったのではないか。なぜ、また襲って来る可能性があるのかを尋ねても、カイは念のためだ…と言葉を濁していた。

 影に入りたての頃、アムはよくカイに稽古をつけてもらっていた。おそらく、ダンよりも付き合いは深いのではないだろうか。だから、分かる。何か隠している。それと同時に、これ以上問いただしても、この男が答えることはないというのも分かっていた。せめて、セレナの不安が紛れるようにと、アムはセレナに笑いかけた。


「あと一日もすれば、王都です。きっと、セレナ様も気に入ると思いますよ。」


 商隊は順調に進み、太陽が天高く上った頃。一行は休憩に入る事になった。馬車の中は蒸し暑く、とてもじゃないが中にずっとは居られない。セレナは顔を真っ赤にして大量に汗をかいていた。


「ねぇ、カイ。少しだけ、外の空気を吸わせてくれない?」


 カイは思案したが、セレナの様子を見て許可を出した。


「私がお伴します。」


 セレナとカイが外に出ると護衛の者達も、かなりへばっているようだった。ある者は水を一気に飲み干し、ある者は出来るだけ身を馬車の影に入れようとしている。


(王都に近付くに連れて暑さが増してる気がするわ…)


 セレナは、ぼうっとする頭で辺りを見回した。すると、あの全身マントの異様な姿の少女と目があった気がした。彼女は馬から降りていて、護衛と思われる男2人は馬上で何やら話し込んでいる。

 暑くないのかしら…と思った瞬間、その人物はバタンと倒れてしまった。

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