第21話 救出作戦

 休憩中にアルディオンとデュオは、ダンとジエルに作戦の内容を聞かされた。


 カイ達は、おそらくハミル街道を通るだろうと2人は考えている。ハミル街道には2つ道が用意されている。1つは旅人用の道。もう1つは東の街から王都ジリアステクトに入るのに、王宮お抱えの商人が通る道である。ハミル街道は山を切り開いて作った街道で、旅人用の道は麓に、商人用の道は中腹を通っている。つまり、商人の道は旅人の道を見下ろすような形になっているのだ。また積荷を運びやすいように、王宮からの指示で道は綺麗に整備されており、街道の入り口には警備の兵が立っている。

 カイはこの道を商人達と紛れて通るだろうというのが、ダンの推測だ。商人の道を通るには決められた通行許可証が必要だが、カイの背後にいる王宮の何者かが手を回しているだろう。


「じゃあ、俺達はどうやって、その商人用の道に入るんだ?」


 デュオがダンに尋ねる。


「それについては、考えがある。」


 ジエルが口を開いた。ダンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「旦那のツテを使って、身元を偽造する。だが、潜入先で見つかったら元も子もないよな。顔が割れてないのは、俺とデュオ。でも、こんなむさい男2人だけが商人の道を通ってたら、おかしいだろ?」


 アルディオンとデュオは頷いた。違和感ありまくりだ。むしろ、人目を引いてしまう。


「そこでだ!アルに女になってもらう!」


「は?」


 アルディオンはジエルの言葉が分からず、ポカンと口を開けた。そんなアルディオンにジエルは楽しそうに続けた。


「王宮の侍女試験を受けに行く少女になりすますんだよ。王宮の侍女候補であれば、顔を隠しててもおかしくない。俺とデュオは、その護衛だ。」


 王宮の侍女になってしまえば、その侍女は王の女という事になる。その為、結果が出るまで侍女候補は大切に扱われる。要らぬいさかいや疑惑を作らない為に王宮に着くまで顔を隠すというのは、よくある事だ。だがしかし…。


何故なにゆえ、私なのだ!?」


「他に誰がなれるんだ?」


 アルディオンは一同を見回した。言われるまでもなく、全員女を装うのに適しているとは言えない。ガタイが良すぎる。もう一度、ジエルを見るとニカッと笑った。絶対、楽しんでる…。


「殿下。他の策を考えましょう。」


 見かねたダンがアルディオンに提案する。


「これが一番成功の可能性が高いって、さっき分かったじゃねぇか。」


「うるさい、黙れ。殿下に女装など。何より殿下の身に何かあったら、どうするんだ!」


「それじゃ、セレナって女の子を助けられねぇぜ?1人でも欠けたら、この作戦は成り立たねぇ。なぁ、アルよ。」


 ジエルは、相変わらず楽しそうな表情をしているが、目は真剣そのものだ。


「お前は、後ろで黙って見てるか?」


 アルディオンはふっと息を吐き出すと、ダンを見た。


「私なら大丈夫だ。そもそも、今回の旅は私が陛下から受けたものだ。自分で成し遂げなくてはならない。そうだろう?」


 ダンは、首を横に振りながら答えた。


「たしかにギナムの森では、そのように申し上げました。ですが、今は状況が違います。みすみす殿下を危険に晒すなど…」


「それに…」


 アルディオンはダンの言葉を遮って静かに見つめた。


「私が助けたいんだ。私自身の意思で。やらせてくれ。」


 ダンはアルディオンを見つめ返す。その瞳に何を思ったのか、一度目を閉じてから口を開いた。


「承知致しました。」


「そんじゃ、決まりだな!アル、いつものやろうぜ!」


 デュオがそう言って立ち上がると、アルディオンも頷いて立ち上がった。ここ最近、アルディオンはデュオに剣術の稽古の相手になってもらっている。


「ほら、言ったろ。あいつなら、やるって。」


 ジエルは横目でダンを見ながら言った。


「以前のあんたの事は知らねぇが、アルを守れなかった事を気にしてんだろ?だから、過保護になってる。違うか?」


「貴様に何が分かる。」


「さあな。でも、ガキってのは少し見ないうちに成長するもんだぜ?」


 そう言うと、ジエルはアルディオン達に目を移す。ダンも同じ様にその様子を眺めた。


 いつもアルディオンが先に踏み込むが、デュオは槍で簡単にそれを受け流す。アルディオンの方が体格が小さい為、剣に力もない。アルディオンはすぐに態勢を立て直し、デュオに向かって行くが、それすらも簡単にかわされる。


「動きが遅い!一つ一つの動きがデカいんだ!肩じゃない。もっと手首を使え!しならせるんだよ!」


 デュオはそう言うと、アルディオンが左上から繰り出して来た攻撃を右に避けつつ、剣の根元を槍で叩き落とした。


「もう一回だ。」


 アルディオンは剣を拾いつつ、悔しそうに告げた。 もう何度目になるか分からない敗北。下を向けば、涙が出てしまいそうになるので、すぐに顔を上げた。と、そこにはダンが立っている。


「ダン?」


 ダンは、こっそりアルディオンに何事かを耳打ちすると、すぐに元いた場所へと戻って行った。


 次はデュオが先に攻撃に回る。槍を頭上で回転させた後、大きく振り下ろす。アルディオンは自身の頭上でそれを受けた。手に電流が走ったように一気に痺れて、思わず剣を落としそうになるのを堪える。続いてデュオが半円を描くように槍を下げ、脇を締めて右下から斜めに振り上げた。アルディオンは後退しながら、なんとか対応する。そこからは、防戦一方で全く攻撃に転じる事が出来ない。


(カイの時と同じだ。攻撃が出来ない。これじゃ、ただやられるだけだ。)


 一見して、大きな身体から繰り出される槍の攻撃は、小回りのきく剣と比べて接近戦では不利なように見えたが、その認識は間違いだったと思わされる。かといって、離れて戦おうとしたところで、相手は自分よりリーチの長い槍。形勢は変わらない。むしろ、良くない。


(近づいてもダメ。離れてもダメ。どうやって戦えば…)


「ほらほら!俺に合わせてたら、いつまでも攻撃出来ないぞ!」


 デュオの言葉が上から降ってくる。アルディオンは攻めてくるデュオに合わせて、ただただ後退するしかない。

 先程のダンの言葉を思い出す。


(相手に合わせてはいけません。自分が得意な、または有利となる間合いを見つけるのです。相手の意表をつけれれば、なお良い…。)


 デュオが槍を振り上げたその瞬間、アルディオンは避けるのではなく、デュオに突進して右肩を前に突き出した。


「うお!?」


 驚いたデュオは、一瞬だけ槍を降ろすのが遅れた。それを見たアルディオンは剣を左下から切り上げ、切っ先をデュオの喉元で止める。


(とった…のか!?)


 アルディオンは驚いて、ダンを見た。ダンも驚いたような顔をしていたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべて頷いた。ダンが笑うのを見たのは初めてかもしれない。


 ジエルの隣に戻っていたダンは小さく呟いた。


「お前の言う通りかもしれないな。」


「何か言ったか?」


「なんでもない。」


 ダンはジエルを見ずに言うと、まだ稽古に励むアルディオンを静かに見つめた。

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